今秋、著作『ユリゴコロ』、『彼女がその名を知らない鳥たち』が立て続けに映画化され、勢いに乗る女流作家・沼田まほかる。近年、湊かなえや真梨幸子らと並び、「イヤミス(読んだ後にイヤな後味が残るミステリー)」の旗手として注目を集める存在です。

その半生は小説をしのぐほどドラマチック。また、人間観察の方法を映画鑑賞で会得したというほど映画好きだったり、年中庭仕事用の服を着て過ごしていたりするという気になる一面も。沼田まほかるっていったいどんな人物なのでしょうか。

「心の闇」を辛辣なほど具体的に描写する

沼田ミステリー最大の特徴はなんといっても、新聞やニュース番組が「心の闇」と一括りに片づけてしまう社会的アウトサイダーたちの複雑な心象を、鋭い洞察力と優れた文章力をもって丁寧に描き出すところ。人間存在の深奥を見極める眼はピカイチといえます。読者は物語を読み進めていくうち、登場人物たちが抱える「闇」を垣間見ることで、「心の闇」は決して一部の犯罪者や異常者だけのものではなく、誰の内にもある落とし穴だということを悟るのです。

そのような沼田作品共通の「えげつなさ」や「リアリティに満ちた怖さ」はどこから来るのでしょうか。なぜこれほどまで的確に沼田は人間の「心の闇」を文章化することができるのでしょうか。

離婚、得度、倒産…小説のような多難の半生

沼田の人間観察の目や、あっと驚かされるシナリオの発想は、豊かな人生経験の中で培われたものと考えられます。
沼田は1948年、大阪府のお寺の一人娘として生まれました。若くして結婚しますが、実家から母方祖父の跡継ぎを頼まれ、夫がそこの住職になり、離婚。主婦だった沼田は、自身が尼僧となることを決意し、僧侶となるための出家の儀式「得度」を受けます。

暫くは住職として実家のお寺を守りますが、40代半ばで僧侶の職を辞して、知人と建設コンサルタント会社を創設。しかし会社は10年ほどで倒産してしまいます。

50代からの文壇デビュー!でも順風満帆とはいかず

そんな苦境の中、沼田は、かつて大阪文学学校在籍中に原稿用紙40枚の小説作品で学校賞を受賞した経験などを活かし、50代で初めての長編小説。『九月が永遠に続けば』を書き上げます。一人の女性の周辺で次々と起こる不幸を仄暗く美しい質感で描き出した本作は、第5回ホラーサスペンス大賞を受賞。沼田は56歳で遅咲きの小説家デビューを果たしました。

ところが、以降の作品は書評家に評価されながらも、玄人好みの作風でなかなかヒットにはつながりませんでした。沼田の名が一躍世に知られたのは、2012年。人の絶命を心の拠り所にして生きる女性の呪われた運命を描いた『ユリゴコロ』が第14回大藪春彦賞を受賞。本作が本屋大賞にもノミネートされると、既存の文庫が一気に売れ出し、『九月が永遠に続けば』の文庫版は半年で60万部が増刷される前代未聞の事態となりました。

限りなく不愉快な最高傑作『彼女がその名を知らない鳥たち』

沼田作品の中でも『彼女がその名を知らない鳥たち』は特に強烈。ひとたび出版されるや、「“共感度0%”の最低なキャラクターしか登場しないのに、ページをめくる手が止まらない!」と話題を呼びました。みっともない男女が絶望の中で傷つけ合う姿は、滑稽でいて物悲しく、読者の心の中に妙な虚無感をもたらします。「限りなく不愉快、でもまぎれもない最高傑作」という本書のコピーそのままに、胸を搔きむしりたくなるほどの苦々しさを味わうことができる作品です。

(C)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

そんなクズとゲスばかりが一堂に会した問題作『彼女がその名を知らない鳥たち』の映画化が、『凶悪』の白石和彌監のメガホンによって実現しました。自分勝手なクレーマー女・十和子と、不潔で下品で卑屈な男・陣治を演じるのは、蒼井優と阿部サダヲ。また、一見誠実そうな風貌ながらとにかく軽くて薄っぺらい水島役には松坂桃李、十和子の昔の恋人で、出世や保身のためなら女を道具として利用することも厭わない黒崎役には竹野内豊がキャスティングされています。

(C)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

本作に特別な思いを抱いていた沼田は、映像化作品を観ることになかなか勇気を持てずにいたそうです。しかし、意を決して鑑賞したところ、蒼井優演じる十和子の姿に引き入れられ、そのまま息を詰めっぱなしで、最後まで一気に観てしまったそう。映画全体を「たいへんな力作」と評し、賛辞を送っています。

(C)2017映画「彼女がその名を知らない鳥たち」製作委員会

救いようのない底辺のダメ大人たちが目を伏せたくなるような醜態をさらしながらも必死に求める“究極の愛”はどんな形をしているのでしょうか。ストーリーが進むにつれてあなたの恋愛観・人生観は大きく揺らぐことでしょう。

共感度0%、不快指数100%、でもまぎれもない愛の物語『彼女がその名を知らない鳥たち』は、10月28日(土)より東京・新宿バルト9ほか全国でロードショー。

(桃源ももこ@YOSCA)