文=紀平照幸/Avanti Press

9月10日に全米公開された『IT/イット “それ”が見えたら、終わり。』は初登場からものすごい勢いでヒットを記録、全世界で6億3000万ドルを超える興行収入をあげ(10月17日現在)、ホラー映画史上ナンバーワン・ヒット作品になりました。大ベストセラー作家スティーヴン・キングの小説が原作なのですが、原作が出版されたのが30年以上前の1986年。1990年には前後編でテレビムービー化されていることも考えると、今回の映画化の話を聞いた時には「今頃になって……」感があったのも事実。しかしこの映画、原作に手を加えることで予想をはるかに超えた傑作になっていました。

平和な田舎町で子どもの連続失踪事件が発生。弟を失い悲嘆にくれる少年ビルとその仲間たちの前に、ピエロの姿をした不気味な“それ”が現れます。変幻自在、神出鬼没の“それ”は、子どもたちの恐怖心を利用して、彼らに襲いかかるのです。やがて、27年ごとに町で変事が起きていることを知った少年たちは、自分たちの力で怪物である“それ”=ペニーワイズに立ち向かう決意をする……というのが大まかなストーリー。

『グレムリン』『バットマン』「ストリートファイター」
ノスタルジーをかきたてる80年代要素

原作からの変更点は時代背景を変えたこと。原作やテレビ版では“現在”である80年代から50年代末の少年時代を振り返る構成になっていたのですが、新作は少年時代を80年代に置いています。それによって21世紀の映画ファンの感覚に対応し、彼らのノスタルジーをかきたてる効果を出しているのです。

部屋に貼られた映画『グレムリン』(1984年)のポスター、映画館で上映中の(あるいは近日公開の)映画の看板(『エルム街の悪夢5 ザ・ドリームチャイルド』『リーサル・ウェポン2/炎の約束』『バットマン』)、Tシャツの絵柄(当時の人気テレビシリーズ「超音速攻撃ヘリ エアーウルフ」)、ゲーム(「ストリートファイター」)、ウォークマンから流れるニュー・キッズ・オン・ザ・ブロックの曲など、さまざまなガジェットが観客を80年代後半の世界に誘います。

80年代に設定したことで恐怖描写もより現代的に

時代設定を80年代にしたことで、ペニーワイズが子どもを襲う恐怖描写も現代的に変えられました。ペニーワイズは相手が恐怖心を抱くものの姿で襲ってくるので、50年代が舞台の原作では少年たちが当時の映画館で見たモンスターたち(ミイラ男だったり狼男だったり)に変身していました。しかし、そんなクラシカルなものでは現代の観客は怖がってくれません。そこでこの映画では、ペニーワイズは少年たちばかりではなく観客の意表をも突く形に姿を変えるのです。VFX(視覚効果)を駆使したショックシーンの数々は見てのお楽しみ。ペニーワイズを演じたビル・スカルスガルドも、テレビ版のティム・カリーがユーモラスな雰囲気もたたえていたのとは異なり“怖さ”を強調。全米に「ピエロ=怖い」というイメージを植え付けました。

監督は2013年にホラー映画『MAMA』をヒットさせたアンディ・ムスキエティで、随所に切れ味鋭い演出を見せてくれます。たとえば冒頭、雨で増水した水路を紙の船が疾走していき、それをレインコート姿の少年(ビルの弟)が追いかけていくシーン。ただ坂道を紙船と少年が駆けていくだけなのに、「これから何かとんでもないことが起きる……」そんな異様な緊張感が画面にみなぎっているのです。

さらに、甘酸っぱい青春映画としての側面も持っているのが大きな魅力。ビルとその仲間たちは“ルーザーズ”と呼ばれる負け組の集まりで、それぞれが内気、病弱、吃音、肥満体、ユダヤ人、よそ者などを理由にいじめられています。そんな彼らが勇気を振り絞り、いじめっ子の不良グループやペニーワイズに戦いを挑む姿が感動を呼ぶのです。そこにはDVや性的嫌がらせといった現代的な要素も加えられ、恐怖描写の合間に彼らの交流シーンを丁寧に描き出すことで、さながら“ホラー版『スタンド・バイ・ミー』”といった趣きも醸し出しています。恐怖が去った後に感動の余韻が残るという点も、この映画が記録的に大ヒットした要因のひとつなのではないでしょうか。