日系イギリス人の作家カズオ・イシグロが、2017年のノーベル文学賞を受賞し、日本でも大きな話題となりました。

彼の小説では、これまで『日の名残り』や『わたしを離さないで』が映画化されていることもあり、文芸ファンのみならず、一部の映画ファンにも知られる存在です。さらに、彼は著作が映画の原作となっただけでなく、自ら脚本を書きおろしたこともあるのです。

実は、ノーベル文学賞作家で映画の脚本に関わったことがあるのは彼だけではありません。彼らは映画の世界にどんな影響を与えているのでしょうか。今回は、カズオ・イシグロをはじめとするノーベル文学賞作家が、自ら脚本に関わった映画作品を、彼らのノーベル文学賞の受賞理由と照らし合わせながら紹介いたします。

カズオ・イシグロが脚本を担当…『上海の伯爵夫人』(2005年)

『上海の伯爵夫人』/DVD:3,980円+税 発売中/発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント/※2017年10月の情報です。

カズオ・イシグロは2017年のノーベル文学賞の受賞にあたり、“壮大な感情の力をもった小説を通し、世界と結びついているという我々の幻想的感覚に隠された深淵を暴いた”ことが評価されました。カズオ・イシグロが脚本を書きおろしたのが、2005年公開の映画『上海の伯爵夫人』です。

主人公は盲目の元アメリカ外交官・ジャクソン、ロシアから亡命してきた伯爵夫人・ソフィア、そして真田広之演じる日本人の松田。3人は当時欧米列強の進出もあり、国際都市として栄えていた1930年代の上海で出会います。ジャクソンはバー「伯爵夫人」を開きますが、やがて日中間に戦争の機運が高まり、街は次第に緊張感に包まれていくのです。

物語では上海を舞台にアメリカ人、ロシア人、フランス人、日本人など国際色豊かな登場人物が現れます。共産党や国民党、ユダヤ人など、一人一人の立場もさまざまです。ジャクソンのバー「伯爵夫人」は、そんな世界の縮図として描かれています。登場人物の相関関係は複雑にからみあい、壮大な人間ドラマが展開されます。そこに、“壮大な感情の力をもった~”という、カズオ・イシグロがノーベル文学賞を受賞した理由を、垣間見ることができるのではないでしょうか。 重厚な小説を読むのが苦手という人が、手軽にカズオ・イシグロの世界観に触れたいときにもオススメの作品です。

監督のジェームズ・アイヴォリーは、カズオ・イシグロの同名小説を原作とした映画『日の名残り』(1993年)も手掛けているだけに、カズオ・イシグロの世界観を映像化するのはお手の物。ロシア貴族の華やかなりし時代を美しい映像で映し出しており、戦争に翻弄され、滅び行く貴族の悲哀を伝えています。

ギュンター・グラスの共同脚本作…『ブリキの太鼓』(1979年)

“遊戯と風刺に満ちた寓話的な作品によって、歴史の忘れられた側面を描き出した”ことが評価され、1999年にノーベル文学賞を受賞したドイツ国籍の作家ギュンター・グラス。その代表作が1959年に発表した処女作であり、長編小説である『ブリキの太鼓』です。小説を基に作られた同名映画では、グラスが共同脚本に名を連ね、登場人物のセリフを担当しました。公開された映画は1979年度のカンヌ国際映画祭パルム・ドールと、米アカデミー賞外国語映画賞を受賞しています。

物語の舞台となっているのは、第一次世界大戦終戦後のベルサイユ条約により自由都市となったポーランドの都市ダンツィヒ。ドイツ人が、バルト海沿岸のビスワ川河口に作った貿易の要所です。この街に1939年9月1日にドイツ軍が侵攻したことが、第二次世界大戦の引き金となったのです。同作では、主人公オスカルという市井の人物の視線から見た、激動の時代に生きる人々の姿が描かれました。

また、物語ではオスカルが大人たちの猥雑な人間関係に嫌気を感じ、3歳で身体の成長を止めてしまいます。オスカルは叫び声でガラスを割るという特技も持っており、それが第二次世界大戦中に、兵士たちを慰問するサーカス団の一員になる伏線にもつながっているのです。こうした設定には、ギュンター・グラスの描く“遊戯と風刺”が見られます。 オスカルのモデルは、原作では幼子イエス・キリスト。映像モデルはレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画「聖母子像」に求めたそうです。劇中には宗教をモチーフにした絵画などが登場し、絵画と同じ姿勢で祈る場面が出てくるところに、映像としての面白さもあります。

ウィリアム・フォークナーが脚色…『三つ数えろ』(1946年)

1949年にノーベル文学賞を受賞したアメリカの作家ウィリアム・フォークナーは、“アメリカの現代小説に対する、強力かつ独創的な貢献”が評価されました。彼はレイモンド・チャンドラーの小説『大いなる眠り』を映画化(『三つ数えろ』)する際に、その脚色を担当しています。私立探偵フィリップ・マーロウが初登場した小説といえば、ミステリー好きの方ならご存知なのではないでしょうか?

雨の中でもトレンチコート姿で傘をささず、聞き込みをしただけで相手の女性からの熱視線をあびる……。これぞまさにハードボイルド! といった格好良さを実際に見ることができるのは、やはり映像作品ならではの魅力でしょう。そして、ウィリアム・フォークナーが手掛けた、洒落た言葉の数々を堪能するには、英語字幕での鑑賞がオススメです。次第に恋仲になっていくヴィヴィアンに「Angel」と呼びかけるなど、こうした言葉遣いがアメリカらしいですよね。

ヴィヴィアンを演じたのは女優のローレン・バコールです。特徴的な低音ボイスで歌うシーンでの妖艶さなどは、今作における見どころの一つです。ちなみに、ローレン・バコールは、マーロウを演じた俳優ハンフリー・ボガードとデビュー作から共演しており、1945年に2人は結婚。ハンフリー・ボガードは彼女のことを「キッド」と呼んでいたそうで、私生活でもフィリップ・マーロウを彷彿させる人物だったのではないでしょうか。

こうした名キャストにも支えられ、『三つ数えろ』はウィリアム・フォークナーの“強力かつ独創的”といえるハードボイルドな世界を形にしています。原作小説との違いもあるので、読み比べてみるのも楽しいかもしれません。

『上海の伯爵夫人』/(C) Merchant Ivory Productions All Rights Reserved. TM,(R) & Copyright (C)2007 by Paramount Pictures. All Rights Reserved.

以上、ノーベル文学賞作家が脚本に携わった映画3作でした。さすが、ノーベル文学賞作家が脚本に携わっただけあって、映画では歴史小説を彷彿とさせるような重厚な設定や、軽妙なセリフ回しを堪能できる作品たちとなっています。

(文/デッキー@H14)