2017年11月4日公開のベルギー・フランス・カナダ合作の映画『KOKORO』に出演している、俳優の國村隼は「海外からオファーをもらえるのは嬉しいこと。映画は完成すると独り歩きして、地球上の色々な人たちに観てもらえるものなんだなぁと改めて実感します」と語る。俳優生活41年、出演作品は250本に迫る勢い。その息の長い活動を支えているのは、日本のシステムとは180度違う異国の地での体験だった。

ないない尽くしの香港映画撮影

國村のフィルモグラフィを眺めると、リドリー・スコット、ジョン・ウー、クエンティン・タランティーノ、ナ・ホンジンら鬼才と呼ばれる海外監督の名前が目につく。映画デビューは井筒和幸監督の『ガキ帝国』(1981年)だが、ハリウッド映画『ブラック・レイン』(1989年)をきっかけに香港でも活躍した、いわば“逆輸入俳優”の先駆けでもある。國村の辞書に“役作り”という文字はない。そのワードをデリートした理由は、20代後半から30代にかけて出演した香港映画界の独特すぎる撮影スタイルにある。

「撮影現場に行って初めてその日に撮影する分の台本をもらうことがほとんどで、その段階で事前に役を固めることなんてできないわけです。しかもセリフに重きを置いておらず、オールアフレコ処理で現場に録音部がいないこともあった。撮影もフレキシブルで現場でのインスピレーションが優先される。段取り重視の日本から見ると非常にいい加減。僕自身も最初は『え!?』と驚きました。だけれどそれで撮影が成立して、自由にやるからこそ面白いものができたりする。それを知ったら、こっちの方がいいのではないか?と思わされた」。

モニターをチェックしない國村メソッド

事前にキャラクターをガチガチに固めて現場で披露するのではなく、重要なのは撮影現場でキャメラとどう関わり、その場で生まれたフィーリングで相手役と、どのようなコミュニケーションをとるか。もちろん、泣き・笑い・怒りというエモーショナルな部分の演技も大切だが、映像の仕事はキャメラ、ライティングなどのテクニカルなことを知って初めて成立するもの。映画作りにおいて、俳優は全体を構成するピースの一つでしかないという。

國村メソッドの一つに“撮影現場ではモニターチェックをしない”というのがある。「初めて組む監督やキャメラマンの場合は、トーンやスタイル、フィーリングを確認するために最初のテイクでチェックしますが、それがわかったら一切モニター画面は見ません。終わったことを役者がいちいち確認する必要はないと思うし、映像作品で大切なのは自分の映りの良し悪しではなく、シーンとしてどうなのかということ。監督がOKだと判断すれば、それがOK。映像とは撮り手とのコラボレーションですから、“自分の映りが悪いからもうワンテイク”なんて役者がジャッジするのは論外です」。

名優の弱点は断崖絶壁!?

『KOKORO』の女性監督ヴァンニャ・ダルカンタラとは、そのフィーリングが撮影前から一致した気がした。「ヴァンニャとは文化も違えば、言葉も違う。だけれど初めて会ったときに目の奥にあるもの、第六感的なものがカチッと合った。この人がこの映画の脚本を書いたんやなぁ、と納得できる部分があった」。國村が演じたのは、元警察官のダイスケ。彼は日本のとある村にある自殺の名所の門番として存在し、訪れた自殺志願者の傷ついた心に寄り添っていく。

イザベル・カレ演じる主人公・アリスとのセリフのやりとりは英語。國村は滑らかかつ自然に英語セリフをはく。海外作品経験も多いことから、さぞ英語も堪能かと思いきや……「普段の僕の英語はでたらめなもの。全編英語セリフなので大丈夫かなぁという不安はあったけれど、英語自体にアレルギーはないので、細かいイントネーションさえクリアすれば大丈夫だと思った。事前の英語レッスン?してません。監督が現場で発音について手直ししてくれるので、それで助かりました。オウム返しは得意なんです。ヒアリング程度はできるので、きちんと喋れなくてもボディーランゲージや雰囲気で対応できますから」とニヤリ。

そんな國村でも、撮影中に震えが出てしまったことがあった。物語のキーともいえる場所・断崖絶壁の赤壁でのシーン。実は高所恐怖症なのだ。「映像でも壮観ですが、実際も物凄い高さがある!絶壁の近くで腰かけているアリスに近づく場面では、行きたくないけれど行かなしょうがない。高いことにビビっているところだけは表に出さないよう、赤壁のことは考えず、イザベルに対する気持ちだけに集中しました。キャメラマンが『そんなところいったらアカン!落ちるで!』と言いたくなるような場所にポジションを決めるものだから、それも心配で」と思い出し笑い。

撮影というシュールな状況が面白い

現在、國村は61才。還暦を過ぎても衰えるどころか、ますますの精彩を放つ。昨年は韓国映画『哭声/コクソン』の演技によって、第37回青龍映画賞男優助演賞と人気スター賞を日本人で初めてW受賞。作品ジャンルも、演じるキャラクターも、国も、言語も選ばぬ活躍ぶりはとどまることを知らない。まさに“ノマド俳優”だ。

「やるのであれば、ふり幅が大きければ大きいほど面白がるたち。飽き性なんでしょう。同じことを繰り返すのが苦手なんです。やっていることはすべて“芝居”という一つの仕事ですが、相手が変わればリアクションも変わる。わかっているようで毎回わからない。一つとも同じテイクはないんです。相手と対面し演じているときに、フィクションのはずなのに、フィクションじゃないように感じることがある。でもその周りには自分たち以外に監督なりキャメラマンなり大勢の人がいる。そんなとき“これは一体なんだべ!?”と思うけれど、そのシュールな状況が僕にとってはたまらなく面白い」。

忙しい日々のストレス発散法は、撮影現場まで自分の車を運転していくこと。「メカフェチであり、金属フェチ。特にエンジンが大好きなんです。休みで時間のある時は、車を運転して渓流釣りに出かけます。自宅で台本と対峙している準備の時間や撮影現場では集中しますが、それ以外では仕事のことはさっぱりと忘れちゃう。仕事は仕事、移動は移動、遊びは遊び、これやね」。

(文・石井隼人)