連続TVドラマ「天皇の料理番」(2015年)において、佐藤健が大正天皇・昭和天皇の料理番だった秋山徳蔵(ドラマでの名前は秋山篤蔵)を演じ、「天皇の料理番」という職業が注目を集めるようになりました。これを受け、元・天皇陛下の料理番である谷部金次郎がテレビ番組で陛下がお好みだったという鯛茶漬けを実践調理したり、谷部の後輩の工藤極が週刊誌に宮内庁の台所事情を語ったりと、「オク(陛下の日常)」に関する貴重な情報が明るみに出る機会が増えました。

そしてこの秋、『おくりびと』(2008年)の滝田洋二郎監督が送る最新作『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』(2017年)において、西島秀俊が“麒麟の舌”と呼ばれる絶対味覚をもつ元・天皇陛下の料理番という役を演じることから、再び「皇室の食」に対する世間の関心度が高まりそうな気配があります。
「天皇陛下の料理番」とは、具体的にどのようなお仕事で、陛下は普段、どのようなお食事を召し上がっているのか。宮内庁勤めを長年経験した料理人たちのエピソードから天皇陛下の料理番の具体像に迫り、そこからさらに、西島演じる天才料理人・山形直太朗のキャラクターをつかみたいと思います。

要人のおもてなしから陛下の健康管理まで

天皇陛下の料理番は、宮内庁管理部の「大膳課」というところに所属しています。陛下および内廷の皇族方が召し上がる日常のお食事の調理・供進(天皇陛下に献上すること)のほか、宮中で催される饗宴やお茶会のおもてなし料理を担当するのが主な職務です。和食が基本ですが、洋食や中華などにも幅広く対応します。たとえば、満州国皇帝の愛新覚羅溥儀(あいしんかくらふぎ)が訪日した際の食事会では、満州料理の調理を手がけたことなどが伝わっています。
食と体調の密接な結びつきを考えると、陛下の健康管理もまた料理番の大切な仕事のひとつといえるでしょう。陛下が健やかに日々を過ごされるよう、献立の組み立てや食材の吟味は特別慎重に行われます。

昭和天皇の料理番を務めた谷部金次郎は、お夕食を陛下に供進し、そのまま待機していたときに深夜のニュースで昭和天皇の吐血を知り、余りのショックでその夜の献立の記憶を失ってしまったといいます。陛下の食卓と健康を預かる大膳課職員にとって、陛下の体調不良はあってはならない事態なのです。昭和天皇はこの後、固形物を召し上がることなく崩御なさり、谷部は「昭和天皇一代に仕える」という意志を貫いて辞職しました。

料理の腕とならんで求められる誠実な人柄

大正から昭和にかけて宮内省(のち宮内庁)で主厨長を務め、杉森久英の小説『天皇の料理番』および同題のテレビドラマにおける主人公のモデルとなった秋山徳蔵は、皇室に対する忠誠心に篤く、常に精進を怠らない実直な人物だったといいます。料理技術の向上の為には貪欲かつ謙虚に学ぶことを厭わず、ときには自分より若い料理人でも優れた技術を持つ者には頭を下げて教えを請う姿勢が見受けられたそうです。

その精神は、後輩の谷部金次郎や工藤極にもしっかりと受け継がれました。“誠実な人柄”や“皇室への忠義”は、料理の腕とならんで陛下の料理番に求められる要素なのです。

素材を活かした薄味で、旬の食材をまるごと味わう

秋山は、「天皇陛下はどんなお食事を召し上がっておられるのか」と周囲から尋ねられるたびに「語ってはならぬことだ」と守秘を通していたそうですが、「天皇は“金の箸”をお使いになられる」「一粒ずつ選りすぐった米を召し上がる」といった事実とは異なる噂が世間で囁かれるようになったため、真相を語ることを決意したといいます。

現代にも受け継がれている陛下および皇族方のお食事は、一般的に想像される贅を尽くした豪勢なものとは異なり、実に控え目。「地元で収穫された旬の食材を口にするのが身体によい」という考えを大切になさり、季節の趣を感じる献立や伝統食をゆっくりと味わいながら召し上がるそうです。秋山はかつて東北地方を訪ね歩き、その土地に古くから伝わる伝統料理を調査したことがありましたが、これは昭和天皇の「埋もれゆく郷土料理を記録するように」との意思を受けた旅でした。
また、「一物全体(食材を丸ごと使用する)」という理念に基づき、皮つきの野菜や葉つきの根菜をお口になさることも少なくないとか。素材本来の味を損なわないよう、味付けは基本的に薄味を推奨なさるそうです。

元料理番の証言から知る昭和天皇の素朴な食卓

谷部金次郎の著書『昭和天皇と鯛茶漬』によると、昭和天皇は麦飯、さんまの塩焼き、きゅうりの奈良漬けなど、決して贅沢ではない素朴な家庭料理を召し上がっていたそうです。ご朝食の献立は決まって、オートミールかコーンフレーク、温めた野菜、小さなおかずを1品という庶民的なものでした。戦時中の元旦には、戦地の兵士たちを思いやり、両陛下そろって粗末な戦地食を進んで召し上がったという話も聞かれました。

陛下のお好みは、芋、カボチャ、イワシ、アジ、しば漬けなど、街角のスーパーマーケットでも見かけるようなごくありふれた食品。麺類もお好きで月末日は決まって蕎麦を召し上がり、ときにはラーメンを召し上がることもあったとか。 

愛用のお箸は、柳箸と呼ばれる上質な割り箸のようなものでした。これを最低でも2、3度は再利用なさったといいます。“金の箸”どころか高級な塗り物の箸すらも用いず、割り箸を繰り返し使い込むという慎ましやかな点に、陛下のお心を垣間見ることができます。また、陛下が数回使用なさったお箸は、そのあと厨房で菜箸として再々利用されるというから驚きです。

(C)2017 映画「ラストレシピ~麒麟の舌の記憶~」製作委員会
(C)2014 田中経一/幻冬舎

秋山徳蔵や谷部金次郎といった実在の料理番たちのスピリットは、映画『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』(2017年)に登場する主要キャラクターのひとりで、元・天皇陛下の料理番である山形直太朗の中にも見ることができます。山形はとにかくまっすぐで清らかな心をもった誠実な人物。周囲の圧力に屈することなく、陛下の命や仲間の運命を守り抜こうと奮闘します。

そして山形の“麒麟の舌”と“平和を希求する和の精神”が生み出すレシピもまた、本作の大きな注目どころのひとつ。料理は作り手の心を映す鏡であるといえますが、物語の中で山形が開発する献立、腕を振るう料理の一品一品に彼の忠義や愛が感じられて、目頭が熱くなります。

『ラストレシピ ~麒麟の舌の記憶~』は、2017年11月3日(金・祝)、全国ロードショー。

(桃源ももこ@YOSCA)

参考資料
秋山徳蔵『味 - 天皇の料理番が語る昭和 』(中公文庫、2015年)
谷部金次郎『昭和天皇と鰻茶漬 陛下一代の料理番』(河出書房新社、2015年)
谷部金次郎『昭和天皇の料理番-日本人の食の原点』(谷部金次郎。講談社、2004年)
渡辺誠『昭和天皇のお食事』(文藝春秋、2009年)