文=石津文子/Avanti Press

韓国映画界のトップスターたちが共演し、昨年750万人を動員する大ヒットとなった『密偵』。日本統治時代の1920年代を舞台に、独立運動団体「義烈団(ウィヨルダン)」と日本警察との攻防を描いたサスペンス・アクションがいよいよ日本でも公開される。監督は『ラストスタンド』(2013年)でハリウッド進出も果たしたキム・ジウン。日本の警察官として義烈団に潜り込む複雑な男を、“国民俳優”と言われるソン・ガンホが見事に演じている。dmenu映画では今年10月、主演のソン・ガンホに釜山でインタビュー。この夏に公開された『タクシー運転手(原題)』も大ヒットし、「釜山日報映画賞」(釜日映画賞)主演男優賞も受賞したソン・ガンホ氏。今回のインタビューはその授賞式からほんの1時間後、まだ興奮さめやらぬ様子の中で行われた。

『密偵』
11月11日(土)よりシネマート新宿ほか全国順次ロードショー(配給:彩プロ)
(C)2016 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

韓国人俳優にとって“難しい時代の難しい人物”に挑む

本作は、裏切りと買収が渦巻く諜報サスペンス。ソン・ガンホが演じたイ・ジョンチュルは、朝鮮人でありながら統治側だった日本警察の立場で義烈団を追い詰める役どころだ。韓国人の俳優にとっては、いわば“難しい時代の難しい人物”に思えるが……。

1920年代、日本統治時代の警察官という複雑な役どころ
『密偵』

「まさにその理由から、役を引き受けようと決めたんです。この作品は、二分法では決して分けられない、グレーゾーンにいる人物を描いている。そういう複雑な役柄は、難しいけれども演じ甲斐があると思いました。しかも、シリアスな物語の中にも独特のユーモアがある。キム・ジウン監督自身、そういう演出がお好きで、現場でもアイデアを出し合ったりしながら作り上げていきました」。

設定上、今回は日本語のセリフも多い。日本の観客に日本語のセリフを聞かれることについては「ちょっと恥ずかしいです」と笑ってみせたが、言葉・リアクションともに違和感を抱かせない。

「ありがとうございます。すごく難しかったですよ(笑)。何も特別なことはなく、ただひたすら練習しただけなんです。今回の映画の中で、私が演じた役はそれほど日本語がうまいわけではないので、流暢に話す必要はなかったんですが、それでも日本の方々がどう感じるか少し不安です。(日本語で)『どんな様子ですか?』。これが私の最初のセリフなんですよ。少しはまだ覚えています」。

イ・ジョンチュルいうキャラクターの魅力については「実際に何を考えているのか、本心が読めない。そこがとても魅力的でした」と振り返る。

「この映画の舞台になっているのは、韓国にとって辛い時代ではありますが、生き残るための方法はいくつもあったと思うんです。その中で、このイ・ジョンチュルが選んだサバイバル方法というのは、善悪をはっきり分けないことだったんですね。そこが映画的で面白いと思ったところです。なかなか出会えないキャラクターだと思いますね」。

「何を考えているのか、本心が読めない主人公に惹かれた」とソン・ガンホ氏
『密偵』

後輩が天井にへばりついて見学!? イ・ビョンホンとの共演シーン

義烈団の団長を演じているのは、人気俳優のイ・ビョンホン。同じくキム・ジウン監督の『グッド・バッド・ウィアード』(2008年)以来、ほぼ10年ぶりの共演だ。また義烈団の若きリーダーを、ゾンビ・ホラー『新感染 ファイナル・エクスプレス』の父親役で日本でも一気に知名度を高めたコン・ユが演じている。

「イ・ビョンホンさんとは『JSA』(2001年)でも共演しているので、今回が3度目ですね。私にとって共演3度はかなり多い方だし、個人的にとても好きな俳優さんです。お互い忙しいのでなかなか会えませんが、久しぶりに共演できたのは嬉しかったですし、彼の存在感と演技力は観客に強くアピールしていると思います。コン・ユさんはまだ若いので、現場でもすごく緊張していました(笑)。でも、今回の撮影を通して演技力を鍛えて、高く評価されました。その後に出たドラマの『トッケビ』が大ヒットしたのも、『密偵』のおかげじゃないかな(笑)」。

イ・ビョンホンとは約10年ぶりの共演
『密偵』
(C)2016 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved

本作への出演を通じて大きく成長した若き人気俳優、コン・ユ
『密偵』

劇中では、ソン・ガンホとイ・ビョンホン、コン・ユの3人がテーブルを囲み、腹を探り合う。この豪華な撮影には、多くの後輩俳優が見学に来ていたそうだ。

「イ・ビョンホンさんと私が一緒に出ているのはあのシーンだけなので、共演していた後輩たちがみんな来ていましたね。カメラが360度回るカメラワークの都合上、後ろに立って見学することができないので、みんな(スタジオの)天井にへばりつくようにして見ていたんですよ(笑)」。

複雑な物語に深みを与えた、“私の友人”鶴見辰吾の名演技

もう1つ、日本の観客にとって大きな話題は、主人公のイ・ジョンチュルの上官で日本警察のナンバー2(総督府警務局部長)を、鶴見辰吾が演じていることだ。釜日映画賞では同席して鶴見をソン・ガンホは「私の友人」と紹介した。

「鶴見さんがこの映画に出てくれたことは有難いですし、スタッフもみんなとても喜んでいました。ご本人は日韓を何往復もしての撮影で大変だったとは思います。かなりの分量を撮っていたんですが、残念ながら編集でカットされてしまったところもあって、ご本人はびっくりしたかもしれません。撮影前の顔合わせで、みんなで食事の後にカラオケにも行きました。鶴見さんは『ラ・バンバ』を歌ってくださり、盛り上がりましたよ。私が何を歌ったかって? 私は下手なんで、いつも聞く側です(笑)」。

釜山国際映画祭で、ソン・ガンホ氏は鶴見辰吾を“私の友人”と紹介した
『密偵』

最後に、キム・ジウン監督の魅力について尋ねてみると「独創的で、いつも新しいことに挑戦しているところ」という答えが返ってきた。

「監督はジャンルを問わず、毎回まったく違うタイプで違うスタイルの映画を撮っている。演出面でもストーリー作りの上でも、ステレオタイプにはまることが決してないんです。自分にしかできないオリジナルな映画を撮るという点に魅力を感じますね」。

激しいアクションもこなしつつ円熟期を迎えた映画俳優

演技や人物像について監督と事前に話し合うことは「ほとんどない」そうだ。それは俳優としての、ソン・ガンホのスタイルでもある。

「現場で監督から、細部について『そこはどうしてそう演じたの?』と質問が出るときは話をしますが、作品について話し合うことはしません。それがいい悪いではなく、私のスタイル、というだけです。逆にイ・ビョンホンさんやコン・ユさんは、監督を質問攻めにするタイプなんですよ(笑)。私が組む監督はみんな、あまり色々と話すタイプじゃないですしね。キム・ジウン監督も、パク・チャヌク監督も、ポン・ジュノ監督も、ディスカッションはしないんです」。

『密偵』ではクライマックスの列車のシーンで、激しいアクションもこなしている。映画俳優として円熟期を迎えたソン・ガンホの魅力は、今後さらに増して行くことだろう。