むかっ腹シチュエーションをこれでもかと見せつける、ミヒャエル・ハネケ監督の映画『ファニーゲーム』を筆頭に、「観たら鬱になる!」と忌み嫌われながら、カルト映画の称号をも得てしまう“嫌な映画”がある。

陰鬱な気持ちにさせるくせに、でもなぜか目をそらすことができない。人間誰しもが持つ、怖いもの見たさという好奇心をチクリチクリと刺激してくるから厄介。その痛みを「痛気持ち好い~」と感じてしまったら最後、アナタもきっと「なんじゃこりゃあ!……でも嫌いじゃない」と“嫌な映画”の虜になってしまうはず。よかれと思ってやったことが全て裏目に出る中年男の悲哀を、どんより感たっぷりに描き出す映画『まともな男』もそんな魅力を持つ1本だ。

自腹配給でスイス映画の名匠本邦初紹介

監督は脚本家出身で日本初紹介のスイス人監督ミヒャ・レビンスキー(44)。映像翻訳を本業とする会社カルチュアルライフの代表を務める二階堂峻氏(28)が作品に惚れ込み、自腹を切って作品を買い付け、各地の劇場に足を運んで初自主配給を敢行している。

舞台はアルプスの雪原。家族3人でのスキー旅行のはずが、夫のトーマスは家族の了承を得ることなく上司の娘ザラを同行させる。小説家の妻は優柔不断なトーマスに愛想をつかしており、年頃の娘ジェニーは反抗期で、しかもザラを内心良く思っていない。そんな中、ザラが地元のイケメン青年セヴェリンにレイプされる。「誰にも言わないでほしい」とザラから懇願されたトーマスは、ザラのためによかれと思って小さな嘘を重ねていくが、その嘘はいつしか巨大な雪だるまと化し、思いもよらぬ方向へと転がっていく。

無意識から生まれた“嫌な感じ”

寒々しい雪原風景、圏外、狭い車中など状況設定が閉塞感をあおる。レイプが起こる場所も車中、ザラがトーマスに被害を打ち明ける場所も写真機の中、心変わりしたザラがトーマスと揉めるくだりも、ゴンドラという個室。事件は必ず狭苦しい場所で起こる。ラストカットも車中である。「演出の上で意識したのは、閉ざされた状況と閉ざされた環境。車というツールも意図的で、乗客たちはすぐに逃げることもできず、乗っていることを強制される。乗客たちの距離も近く、閉じ込められた空間という意味も持たせています」とレビンスキー監督。

個室という状況の反復に加え、鍋の中で煮立つ卵のショットなどが意味深に繰り返される。「鍋の中に入っている卵がグツグツしている表現は、閉ざされた状況下にいる人間たちの逃れられない様子のメタファーのように見えるし、気持ちの悪い静けさの中でグツグツと煮立つような音は不気味さを醸し出している。でも撮影中はそんなことはまったく考えていません。まさに無意識の中から生まれたものです」とニヤリ。

コント要素満載!?のブラックコメディに賛否

脚本家出身ならではのストーリーテリングの妙も際立つ。ストーリーの柱となるのは、トーマスはなぜそこまでしてザラを守るのか?という部分。そこに作為があると物語は成立しなくなるが、レビンスキー監督はトーマスが周囲に真実を明かさない理由を、徐々に詳らかにする手法を持って説得力を補強する。

ザラは上司の娘であり、さらに現在のトーマスが閑職にあることがわかる。するとトーマスの“よかれと思って”の意味は大きく揺らぐ。トーマスが過去に起こした飲酒トラブルも、実は物語の大きな伏線として活きてくる。それらが、ふとしたセリフや効果的なシチュエーションの中で語られる。自国の映画賞で脚本賞を受賞したのも納得の緻密さ。これをレビンスキー監督は2週間で書き上げた。

中年男の四面楚歌ぶりをこれでもかと追いつめる眼差しは冷酷だが、捉え方によってはかなり滑稽なコメディ映画として見ることもできる。和やかな雰囲気からの激怒、ロマンチックな雰囲気からの絶望、斜め上をいく言い訳、トーマスが話を逸らす際のクセなど、コントか!? と思わされる緊張と緩和のシーンもある。それもそのはず、レビンスキー監督は本作をコメディ映画という認識で製作しており、そもそもレビンスキー監督のスイスでの評価は“ロマンチックコメディの名匠”なのだという。

「これまで私はロマンチックコメディや、人気アイドル主演の大衆的娯楽映画を撮ってきました。たしかに『まともな男』はこれまでのフィルモグラフィーの中でも最も重く真面目なテーマを扱っていますが、自分としてはブラックコメディを作ったつもりです。スイスやドイツではそれが理解されず、自国のマスコミもかなり混乱していました。上映会でも爆笑する人がいる一方で、シリアスに捉えて真顔で鑑賞する人もいる。同じ映画を観ているとは思えない反応が毎回ある。重いテーマを扱っているということでミヒャエル・ハネケ監督との共通点を指摘されるのは光栄です。でも『まともな男』はブラックコメディですから」と笑う。

人によって捉え方が違うドイツ語原題

一番好きな映画監督は、アメリカン・ブラックコメディの名手として知られるトッド・ソロンズ。映画『ウェルカム・ドールハウス』、『ハピネス』など、人間の滑稽さを冷笑するかのように描く作風が人気のインディペンデント系映画作家だ。そんなひねくれ系作品を好きな人物が、ロマンチックコメディを量産しているという事実こそが最高のブラックコメディだが、ある意味本領を発揮した『まともな男』で日本初紹介となるのが何よりも嬉しいという。

日本の観客からは「身につまされた」、「観終わって怖くなったけれど、かなり笑えた」「真面目な日本人なら共感点多々」などの好評の一方で「トーマス最悪!気持ち悪い!」などまさに賛否両論。当のレビンスキー監督は議論が生まれていることに「こんなに受け入れられるとは!日本人になりたいよ!」と喜色満面だ。

92分という短い上映時間ながらも、トーマスの身に降りかかる事はあまりにも濃い。なお邦題は英語圏向けタイトルを翻訳したものだが、ドイツ語原題は『何も起こっていない(Nichts Passiert)』という。「これには2つの意味がある。文字通り“何も起こっていない”という意味と、ハプニングが起こっているにも関わらず、あえて隠して“大丈夫!大丈夫!”とする意味。この言葉というのは、人によっても捉え方が違うんだ。皮肉だよね」。

東京では新宿K's cinemaのみで公開中だが、配給&翻訳担当の二階堂氏が「レビンスキー監督の“まともじゃなさ”をスクリーンで多くの人に目撃してほしい」という熱量一つで各地の劇場に直接赴いて交渉中で、全国順次公開を目指している。ちなみに劇場に飾られている手描き宣伝ポスターやポップなどは二階堂氏の妻らによる手作りのもの。映画愛にまみれた“嫌な映画”である。

(文・石井隼人)