これまで数々の映画主題歌を手がけてきた宇多田ヒカル。最小限の言葉とシンプルな表現で壮大な思想や哲学を語る彼女の楽曲は、しばしば「難解」と形容されますが、旋律や詞に込められたメッセージを映画の世界観と照らし合わせながら読み取ると、楽曲に特別の親しみが湧いてきます。そしてまた、楽曲を丁寧に解釈することで、これまで見えてこなかった映画の面白さに気づくこともあります。

宇多田ヒカルの音楽は映画の魅力をどのように引き立て、映画全体にどのような効果をもたらしているのでしょうか。これまでに映画の主題歌となった宇多田の楽曲から紐解いてみましょう。

ヒーローを苦悩させる“世界のジレンマ”について唄う-「誰かの願いが叶うころ」

宇多田ヒカルが初めて映画の主題歌を手がけたのは、2004年のこと。「誰かの願いが叶うころ」が、人気ヒーローアニメの実写化作品『CASSHERN』の主題歌に起用されました。

同楽曲は、“皆が同時には幸せになれない”という世界のジレンマを、ピアノを基調とした穏やかなアレンジに乗せて唄い上げる切ないバラードです。「誰かの願いが叶うころ、あの子が泣いてるよ」という重みのあるフレーズが、“一方が正義を貫き通すことにより、もう一方が犠牲となる”という物語の主張を代弁しているようにも聞こえてきて、胸をえぐられます。

映画の監督をつとめたのは、当時宇多田の夫だった紀里谷和明。本作は彼にとって、商業映画監督デビューを飾る特別な作品となりました。作品そのものに対する世間の評価は賛否両論大きく分かれましたが、巷の音楽ファンには「宇多田の楽曲の素晴らしさを再認識するための映画」と言われるほど、主題歌を称賛する声が聞かれました。

三島由紀夫の転生思想を一言で象徴した神フレーズ-「Be My Last」

巨匠・行定勲監督が三島由紀夫文学の映像化に挑戦した『春の雪』(2005年)。華族の若者たちの壮絶な恋模様を幻想的な映像美と共に映し出した本作は、宇多田の情熱的なバラード「Be My Last」によっておごそかに幕を下ろします。

宮家からの縁談を持ちかけられながら、伯爵家の清顕との大恋愛に燃えて破滅を経験した聡子。そして聡子が出家してようやく彼女への恋心に素直になり、雪の中で彼女を待ち続けながら衰弱して死んだ清顕。それぞれの魂の叫びが、「間違った恋をしたけど、間違いではなかった」「どうか君がBe my last」などの歌詞に見事に集約されています。

本作は、「輪廻転生」を主題とした4部構成の長編小説『豊饒の海』の第1巻にあたる作品ですが、歌の中の「いつか結ばれるより、今夜一時間会いたい」という言葉などには、「たとえ来世で結ばれることがあろうとも、僕たちは“今この現世で”熱烈に愛し合いたい」という主人公たちの強い想いを読むことができると言えるかもしれません。

エヴァ好きが生んだ、エヴァ好きのための傑作主題歌-「Beautiful World」「桜流し」

大の“エヴァンゲリオン好き”を公言していることで有名な宇多田。『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』シリーズにおいては、全作のテーマソングを担当しています。

『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:序』(2007年)の予告編テーマソングに「Fly Me To The Moon (In Other Words) -2007 MIX- 」が起用されたのを皮切りに、同作の本編テーマソングには「Beautiful World」を、続編となる『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:破』(2009年)のテーマソングには「Beautiful World -PLANiTb Acoustica Mix-」を提供しました。表向きの活動を極端に控えていた2012年にでさえ、『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』のテーマソングとして「桜流し」を書き下ろし、底知れぬ“エヴァ愛”を世に示しています。

「Beautiful World」は、ダンスビートに合わせた分厚いコーラスと中毒性の高い端麗なメロディが美しい一曲。宇多田ファンやエヴァンゲリオンファンのみならず、一般の音楽好きからも広く愛されている傑作のひとつです。宇多田本人曰く、もともと特定のキャラクターの視点から書いた楽曲ではなかったそうですが、最終的にはシンジに対する碇ユイや綾波レイの母性を唄うような曲に仕上がったとのこと。

また、「桜流し」は、“生存した者たちの視点から、命を散らせていった者たちに捧げるレクイエム”と解釈されることもある楽曲ですが、一部のファンのあいだでは、東日本大震災で亡くなった方々や、震災により変わり果てた世界を悼む気持ちが込められているのではないかとも囁かれています。震災翌年の2012年に公開されたことを思えば、ありえない話ではないかもしれません。

次第に重厚感を増していくストリングスの中でうねるように轟く神秘的な旋律や、散りゆく桜の儚さに宇宙規模の壮大な無常観を重ねた歌詞は、滅びのプロセスを経て新世界を構築していくエヴァンゲリオンの物語の世界にぴったりとハマります。

最愛の“あなた”に捧げる珠玉の書き下ろしバラードを今冬、映画館で!

(C)2017「DESTINY鎌倉ものがたり」製作委員会

そしてこの冬、丸5年ぶりに、宇多田ヒカルの書き下ろし音楽を映画館で堪能する機会が到来しました。
宇多田が主題歌を提供したのは、『ALWAYS 三丁目の夕日』(2005年)の山崎貴監督によるファンタジードラマ『DESTINY 鎌倉ものがたり』(2017年)。本作は、西岸良平のベストセラーコミック「鎌倉ものがたり」の実写化作品で、堺雅人と高畑充希が年の差夫婦役で初共演したことでも大きな話題を呼んでいる注目作です。

「この上なく大切な“あなた”を命がけで守りたい」というストレートな想いが唄われたバラードのタイトルは、ずばり単刀直入に「あなた」! 「燃え盛る業火の谷間が待ってようと、守りたいのはあなた」といった力強い歌詞には、妻の魂を黄泉の国から取り戻そうと奮闘する主人公のまっすぐな愛を感じることができ、思わず目頭が熱くなります。

(C)2017「DESTINY鎌倉ものがたり」製作委員会

山崎監督は主題歌に関するコメントの中で、「宇多田さんの歌には、当たり前のように送っている日常の日々が、実はかけがえのない宝物なんだと気づかせてくれる、魔法のような力が有ると思います」と語りました。監督曰く、本作もまたそのような力を持った映画にしたかったとのこと。

まさにその願い通り、『DESTINY 鎌倉ものがたり』は、かわりばえのない景色や単調な毎日の生活の中にささやかなきらめきを見つけさせてくれる、そんな感動に満ちた作品に仕上がりました。

「映画の輪郭をくっきりと鮮明にしてくれた」と監督が絶賛する宇多田ヒカルの書き下ろし主題歌「あなた」も必聴です。映画を観たあと、この歌を聴いて、あなたは誰を思い浮かべるでしょうか。

『DESTINY 鎌倉ものがたり』は、12月9日(土)、全国東宝系にてロードショー。

(桃源ももこ@YOSCA)