文=中山治美/Avanti Press

今年、映画界を激震させたハリウッドのセクハラ騒動。女性たちが、男性主体の社会で常習化していた悪行にNOを突きつけたワケだが、そんな時代の流れが、アジアの新鋭監督をフィーチャーした第18回東京フィルメックス(11月18 日~26日)にもあった。

“映画は社会の鏡”と言われるが、男や権力、因習に虐げられて生きるのは真っ平とばかりに、女性監督が一石を投じた作品が目立ったのだ。

マカロニウエスタンの音楽に乗って戦うヒロイン

最優秀作品賞に選ばれた1本が、それを象徴していた。モーリー・スリヤ監督『殺人者マルリナ』(インドネシア・フランス・マレーシア・タイ)。インドネシアの離島を舞台に、家族と死に別れ女一人で暮らすマルリラの家に強盗団が現れ、家畜を強奪しただけでなく、集団強姦をも企む。だが、マルリナは泣き寝入りなんてしない。リーダー格の男性を性行中に斬首。手下たちには、提供した食事に毒を混ぜて一網打尽にした。そしてマルリナは正当防衛を訴えるために、警察へと向かう。熱帯性気候のインドネシアとは思えぬ荒涼とした風景の中を馬に跨り、リーダーの生首をぶら下げて。この孤高のヒロインに、審査委員長の原一男監督(『ゆきゆきて、神軍』ほか)をはじめとする審査員たちもゾッコンとなったようだ。講評が彼らの興奮を物語っていた。

『殺人者マルリナ』

「マカロニウエスタンの音楽に乗ってヒロインは戦う。
敵は男。そして男性社会。
今こそ復讐せよ。
破壊せよ。
強姦などに打ちひしがれる哀れな女を演じるのは、もうやめよう。
女性自らが、新しい女性像を作ること。
肉体的にも精神的にも、タフな、女性像を。
エンターテイメント型アクション映画に込められたメッセージ。
闘うヒロイン像を作り出した、イキのいい痛快な傑作の誕生です」。

脚本を手がけたのは、インドネシアを代表する映画監督ガリン・ヌグロホ(『枕の上の歯』ほか)。インドネシアで実際に起こった事件をヒントに書いたという。だがヌグロホは男性の自分より女性の方が監督に適しているのでは? と、新鋭のスリヤ監督に託したという。スリヤ監督は1980年生まれで、監督作3本目。都会育ちで豪州で映画を学んだ国際派だけに、古い因習の中で生きる地方の女性たちに共感しづらい面もあったそうだが「(無法者と対決する話が基本の)西部劇に仕立てたら腑に落ちた。観客にとっても受け入れやすくなったのではないか」と言う。

『殺人者マルリナ』モーリー・スリヤ監督

声高に主張するのではなく、軽妙に世を斬る。強かな戦法で、第70回カンヌ国際映画祭監督週間でのワールドプレミアを皮切りに名だたる国際映画祭を席巻中だ。

性的暴力に加え、中国社会の抱える闇も

特別招待作品のヴィヴィアン・チュウ監督『天使は白をまとう』(中国)も鮮烈だった。中国の片田舎で有力者による児童性的虐待疑惑が発覚。目撃した黒孩子(一人っ子政策に反して生まれた、戸籍のない子)の少女が、戸籍欲しさに有力者を恐喝すると、町の不逞の輩たちに暴行を受けた上に、売春を強要されるのだ。脚本も手がけたチュウ監督は「成長過程で誰でも自分が生まれてきた意味や価値を考えます。でも女性だと、本作で描いているように女性ならではの苦しみや悲劇もあると思います。そうしたことに対する認識を高める意味で、この映画を作りました」と説明した。

『天使は白をまとう』

本作の場合は性的暴力だけでなく、中国社会が抱える闇をも赤裸々に描いており、今までなら間違いなく中国での上映許可が下りなかっただろう。だが、フィルメックスのプログラム・ディレクターの市山尚三さんいわく「第74回ヴェネチア国際映画祭コンペティション部門に選出されたことが後押ししたのではないか」と言う。まさに実力で上映許可を勝ち取った形で、先頃行われた中国圏のアカデミー賞こと第54回金馬奨で監督賞を獲得。フランスの第39回ナント三大陸映画祭でも次点にあたる銀の気球賞を受賞した。

『天使は白をまとう』ヴィヴィアン・チュウ監督

おかしいと思うことに異論を唱える勇気

本妻と愛人による遺骨争いをコメディ仕立てに描いたフィルメックスのオープニング作品『相思相親』(中国・香港)は、女優でもあるシルヴィア・チャンが監督。都心と地方の経済格差が出稼ぎ労働者を生み、それに伴い男性が2つの家族を持ってしまったことが元凶となっている。

台湾のホァン・シー監督は、特別招待作品の『ジョニーは行方不明』(台湾)で、自分の進むべき道を見出せなかったヒロインを、新たな友人たちとの出会いによって軽やかに羽ばたかせた。彼女を縛り付けていたのは腐れ縁の男。彼は出世を目論み別の女性と結婚したにも関わらず、彼女に生活費を与えてはズルズルと関係を続けていたのだ。

『ジョニーは行方不明』ホァン・シー監督

女性の社会進出が早かった欧米に比べ、アジアの女性は家族や男性のために耐え忍んで生きるものと描かれがちだったが、フィルメックスに出品された作品では皆、自分の意思で人生を切り開こうとする。その姿が美しかった。審査員の一人であり、ドイツの、映画とビデオの研究機関「アルセナール」の芸術監督として映画教育活動に携わっているミレーナ・グレゴールさんは「一括りにアジアと行っても各国の事情は異なるが、どの作品にもグローバルな問題が描かれていた。何より、そうした問題に対して、女性監督が声を上げるのが重要」と語った。

もちろんこれはジェンダーに限ったことではない。だが、世の中のおかしいと思うことに異論を唱える勇気が少しずつ社会を変えていくのではないか。たかが映画だが、そんな希望をも抱かせてくれたのだ。