文=新田理恵/Avanti Press

ジングルベルが聞こえはじめると、見たくなるのがハートウォーミングなオムニバス映画。ハッピーな人も、そうでない人も、年末の華やいだ気分を疑似体験できるクリスマスの定番映画のひとつと言えば、『ラブ・アクチュアリー』(2003年)でしょうか。ごく普通の人の日常に思わぬ奇跡が起こり、「世界ってつながってるぞ! ひとりじゃないんだぞ!」と信じさせてくれる大団円が待っている。その多幸感を味わいたくて、毎年この時季になるとDVDをセットしてしまう1本です。

そんな『ラブ・アクチュアリー』の台湾版とも言える作品が、12月16日公開の『52Hzのラヴソング』です。実はこれ、台湾では今年の旧正月(1月28日)前に公開されたバレンタインデーの1日を描いた映画。厳密に言えばクリスマスとは関係ありませんが、カップルたちが浮かれ、孤独な人が一層寂しさを噛みしめる日としては大差ありません。

バレンタインデーと言えば、『バレンタインデー』(2010年)というオムニバス映画もありましたね。バレンタイン当日であることを忘れて、鑑賞料金がお得なTOHOシネマズデイ(毎月14日)にうっかりひとりでこの映画を見に行った記憶が甦りました。当然まわりはカップルだらけで、後ろの席の男連れの女性から「この人(筆者のこと)ひとりで来たのかな?」と言われてしまいましたっけ……(遠い目)。今「私もあるある」と頷いてくださった都会の中心で孤独を叫ぶあなた! 『52Hzのラヴソング』は、そんなあなたにオススメしたい作品です。

映画の舞台はバレンタインデーの台北。それぞれに幸せを求める数組のカップルの1日が、本作のために書き下ろされた17曲のラヴソングに乗ってミュージカル形式で描かれます。

愛を待つだけのアラサー女子と片想い男子

花屋で働く小心(左)とパン職人の小安(右)
(c)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

花屋で働く小心(シャオシン)は、運命の相手との出会いを夢見るアラサー女子。バレンタインデー当日はプレゼント用の花束の配達で大忙し。他人の幸せのために車で走り回る小心は、やはりプレゼント用のチョコレートを配達中のパン職人・小安(シャオヤン)のバイクと接触事故を起こしてしまいます。車は故障。ふたりは仕方なく小安のバイクで一緒にバレンタインの台北中を配達してまわることに……。

小心は、「いつか私にも王子さまが……」と待っているだけで気がつけば30歳を過ぎていたパターンの女性。思わぬアクシデントで出会った小安に一言容姿を褒められて、コロッと好感を抱いてしまうのですが、その免疫のなさに、おそらくこれまで恋を経験してこなかったことがうかがえます。

「待っているだけ」なのは小安も同じ。配達中のチョコの中には、想いを寄せる蕾蕾(レイレイ)のために心をこめてつくったバラの形のチョコもありました。ただし、このチョコは蕾蕾がほかの男性に贈るものだと小安は知っています。小安自身の想いは蕾蕾には届かない。というか、届けられないのです。

夢追うヒモ男と、その夢に乗ってしまった女

公務員の蕾蕾(左)とミュージシャン志望の恋人・大河(右)
(c)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

公務員の蕾蕾には、付き合って10年になるミュージシャン志望の恋人・大河(ダーハー)がいました。大河は心から蕾蕾を愛していますが、よく言えば大らか、悪く言えばお金にかなりルーズな男。要するにヒモなんですね。借金を重ねては、蕾蕾がその返済を肩代わりする日々。自分は一切贅沢をせず、地道にコツコツ働いてきた蕾蕾でしたが、バレンタインデーの幸せそうなカップルたちを横目に、自分の10年は一体何だったのかとやるせない気持ちになります。

この大河という男がかなり脳天気で、「さっさと別れたほうがいいって!」と見ているこちらもイライラしてしまうのですが、蕾蕾にとっては10年もの歳月、一緒に夢を見てきた相手です。もはや愛なのか、費やした時間への執着なのかわからない。密かに別れを決意する蕾蕾と、バレンタインのサプライズを用意して、彼女を高級レストランに呼び出す大河。ふたりに待つ結末は……。

映画は、この2組の男女を中心に、蕾蕾が運営を担当する合同結婚式に参加するレズビアンのカップルや、花屋の主人と菓子職人の熟年男女の出会いなどが交差していきます。

「52Hz(ヘルツ)」が意味するものとは?

(c)2017 52Hz Production ALL RIGHTS RESERVED.

監督は、台湾で歴代台湾映画の興行収入第1位に輝いた『海角七号 君想う、国境の南』(2008年)の魏徳聖(ウェイ・ダーション)。霧社事件を題材にした4時間半の歴史超大作『セデック・バレ 第一部 太陽旗/第二部 虹の橋』(2011年)や、日本統治時代の台湾から甲子園に出場した嘉義農林学校の活躍を描いた『KANO 1931 海の向こうの甲子園』(2014年)などを手がけた台湾一のヒットメーカーです。作風としてはやや冗長なところがあるのですが、音楽を効果的に使った終盤の盛り上げ方がとても上手く、『海角七号』のクライマックスのコンサートシーンにも、中盤までのドタバタ喜劇風タッチをすべて「感動作」の助走へとひっくり返してしまう力がありました。本作にも『海角七号』のバンドメンバーを演じたキャストが再集結し、蕾蕾と大河の物語に奇跡の結末を贈ります。

タイトルの「52Hz(ヘルツ)」は「世界で最も孤独なクジラ」と呼ばれる正体不明のクジラの鳴き声の周波数。周波数が違うため、ほかのクジラとはコミュニケーションがとれず、たった一頭で生存していると言われてます。『52Hzのラヴソング』は、都会の大海原で心を通わせる相手を求めている孤独な人たちへの応援歌でもあるのです。