文=松本典子/Avanti Press

ファッションとドキュメンタリーが急速に距離を縮めるようになったのは、思えば「ヴォーグ」誌の女帝アナ・ウィンターと同誌の制作現場に密着した『ファッションが教えてくれること』(2009年)が話題になった頃からでしょうか。以降、『イヴ・サンローラン』(2010年)、『ディオールと私』(2014年)などデザイナーに寄り添った作品も続々。『ビル・カニンガム&ニューヨーク』(2010年)でファッション・フォトグラファー、『ニューヨーク・バーグドルフ 魔法のデパート』(2012年)で小売店、『アドバンスト・スタイル そのファッションが、人生』(2014年)でオシャレの達人、『メットガラ ドレスをまとった美術館』(2016年)でアートとの境界……と、バリエーションの裾野もグイグイと広がっております。なかなか相性の良いカップリングなようです。

あまりにも有名なマノロ・ブラニクの靴
しかし、彼自身についてはあまり知られていない

米「ヴォーグ」誌の編集長アナ・ウィンター(左)とマノロ・ブラニク(右)

この分野におけるド直球でもある、ファッション愛好家にとっての「あの素敵な装束は、一体どんな人たちがどんな風に生み出すの?」という興味もまだまだつきません。マノロ・ブラニクも待ち望まれてきた対象のひとりではないでしょうか。世界のセレブリティから賞賛され、前述のアナ・ウィンターに「他の靴は見もしないわ」と言わしめ、米テレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」では主人公のキャリーにとことん愛され、さらには「家賃より高かったけれど大満足です!」と(←筆者が目の当たりにした実話)若い女性をもうっとりさせる彼の靴。稀代のシューズデザイナーでありブランドの創立者であるマノロ。しかし、彼自身についてはあまり知られていませんでした。

映画『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』は、スペイン人の母とオーストリア・ハンガリー人の父との間に生まれ、やがてファッションの世界に憧れてパリへというなかなかにヨーロピアンな生い立ちから綴られるシューズデザイナーの半生記。彼が育ったのは自然溢れるスペイン領カナリア諸島のバナナ農園、母は既成の靴に自らアレンジを加えて楽しむ人だったとか。で、ご本人は本当に(!)トカゲに靴を作ってあげていたという。シューズデザイナーとなって以降はトカゲ革でも靴を作っているわけですが……。

冒頭から目を引くお茶目でオシャレなタイトルデザインはイラストレーターでもあるマイケル・ロバーツ監督によるアニメーション。『サイコ』や『めまい』といった映画のタイトルデザインがあまりにも有名なグラフィック・デザイナーのソール・バス風ともいえる演出です。これがマノロのちょっと不思議で軽やかな感性を実に巧みに匂わせてくれている、とやがて気づかされます。クスッと笑えるエンドロールまでお見逃しなく。

何より心動かされるのは……
嬉々としてヤスリを扱う白衣のマノロ!

『マノロ・ブラニク トカゲに靴を作った少年』
(C)HEELS ON FIRE LTD 2017

スウィンギング・ロンドンに沸く70年代初頭の英国。マノロは青春を謳歌しつつ同地でコレクション・デビュー。80年代のニューヨーク・コレクション興隆期、そのランウェイではモデルの足元がマノロ一色に。パロマ・ピカソ(あのピカソの末娘、ティファニーの重鎮ジュエリーデザイナー)やアンジェリカ・ヒューストンが当時の思い出を懐かしみ、イマン(デヴィッド・ボウイの愛妻、ソマリア出身のスーパーモデル)が彼のアフリカ文化へのリスペクトを讃えるなど、登場する証言者たちはセレブリティの中でもさらに一筋縄では行かないような人ばかり。一方で、リアーナやジョン・ガリアーノといった年下の才能たちとキャッキャとはしゃぐのもまた彼。

そんなマノロは、80年代からイギリス屈指の美観都市バースで優雅な独り暮らしを満喫。「誰かと同居? ご冗談を」と言いながらも「寂しいから電話しまくるよ」と笑う。彼の作品の優れた特徴のひとつである自然の造形からのインスパイアも、ここで庭いじりに精を出す姿から納得させられます。少年時代も周辺の草花を愛でていたことでしょう、トカゲだけではなく……。

白衣に着替え、意気揚々とヤスリを手にヒールを削るマノロ・ブラニク

そして、どのマノロよりも我々を喜ばせてくれるのは中盤以降にようやく登場する仕事場での彼ではないでしょうか。ミラノ郊外の自社工場で白衣に着替え、意気揚々とヤスリを手にヒールを削る姿はもう! 監督がここまでジラせていたとしか思えない、そのチャーミングさよ。バースの自宅で、白手袋をして、デザイン作業に勤しみながら軽く毒舌を吐くマノロも魅力的でしたが、それとは別の顔。ファンはもちろんのこと観客は、彼の作品がなぜ人を魅了するかの手がかりを得ることになるでしょう。

「うわ、なんて美しいフォルム!」という驚きが、筆者のマノロ・ブラニクとの初遭遇。と言っても、豪奢な装飾が施されたアイコン的なハイヒールではなくて、シンプルな黒一色のフラットシューズ。飾りも柄も無しのペッタンコ! なのに、実にエレガント。まだ日本には本格上陸していなかった90年代半ばのことでした。そんなことも思い出しつつ、本作で語られる「芸術家ではなく靴を作る男、職人でいたい」という言葉を聞くと、その真摯さもまたこの天賦の才を支えているのだと実感させられます。