文=金田裕美子/Avanti Press

ミステリーの女王、アガサ・クリスティが生んだ名探偵、エルキュール・ポアロがスクリーンに戻ってきました。それもクリスティ作品の中でも特に人気の高い『オリエント急行殺人事件』で。近年でもイギリスのドラマシリーズ『名探偵ポワロ』など、テレビドラマには登場していますが、本格的な映画は『死海殺人事件』以来実に29年ぶりです。今回ポアロを演じるのは、当代イギリス映画界きっての名優ケネス・ブラナー。作品に入れ込んだ彼は、監督・製作も務めています。

ケネス・ブラナー演じる名探偵ポワロ 『オリエント急行殺人事件』12月8日全国ロードショー
(C) 2017Twentieth Century Fox Film Corporation

トルコのイスタンブールからフランスのカレーに向けて出発した豪華寝台列車、オリエント急行の一等車で、乗客の1人であるアメリカ人実業家ラチェット(ジョニー・デップ)が刺殺死体となって発見されます。

ジョニデ演じる実業家ラチェット 『オリエント急行殺人事件』12月8日全国ロードショー
(C) 2017Twentieth Century Fox Film Corporation

たまたまこの車両に乗り合わせたポアロは、犯人は同じ一等車に乗っている13人の誰かだと睨んで捜査を始めます。この乗客たちを演じるのが、ミシェル・ファイファー、ジュディ・デンチ、ウィレム・デフォー、ペネロペ・クルス、デイジー・リドリー、セルゲイ・ポルーニンなど、錚々たる俳優たち。そして誰もがそれぞれワケありな感じで怪しい。ポアロは大雪のために立ち往生した列車の中で、乗客一人ひとりに尋問していきます。やがて、殺人の背後には、過去の悲しい事件が関係していることがわかってくるのですが……。

豪華なオリエント急行の乗客たち 『オリエント急行殺人事件』12月8日全国ロードショー
(C) 2017Twentieth Century Fox Film Corporation

オリエント急行の中の料理、すごくおいしそうです!

原作やこれまでの映像化作品通り、ポアロは完璧主義で潔癖症。曲がったネクタイや対称でないものなど、「アンバランス」を極端に嫌います。もちろん食べ物にも大変なこだわりが。朝食には4分きっかり茹でた卵をふたつ。それをエッグスタンドに立てて左右に並べ、定規をあてて同じサイズであるかどうか確認します。ちょっとでも違うと卵係の少年にもう一度卵を取りに行かせる始末。映画には、そんな面倒くさい(?)ポアロをして「完璧なパンだ」と言わしめるパンが登場します。今回はこれを作ってみたいと思います。

『オリエント急行殺人事件』12月8日全国ロードショー
(C) 2017Twentieth Century Fox Film Corporation

……豪華列車オリエント急行を題材にした映画がテーマなのに、作ってみる料理が乗車前のパンでいいの? という気もしますが、なんせポアロがあんなにも絶賛しているし、何よりおいしそうなんだもーん。これ、食い意地の張った私だけの反応ではないようで、英米の評論家が何人も、印象的な場面としてこのパンのシーンを挙げていました。もちろん映画には、オリエント急行の厨房車両で数々の美味しそうな料理が作られていく様子や、バー&食堂車で乗客たちがシャンパーニュやブランデー、ゴディバのスイーツなどを楽しむ様子もばっちりゴージャスに登場しております。

まもなく『スター・ウォーズ』最新作も公開されるデイジー・リドリー
『オリエント急行殺人事件』12月8日全国ロードショー
(C) 2017Twentieth Century Fox Film Corporation

映画の冒頭、エルサレムでとある事件を解決したポアロは、しばし休暇をとるべくイスタンブールに立ち寄ります。ところが町に着いた途端に「重大事件が発生したからすぐロンドンに戻るように」という連絡が。仕方なく休みは返上、その日のうちにオリエント急行に乗り込むことになります。イスタンブールの町はボスポラス海峡を挟んでアジア側とヨーロッパ側に分かれていますが、オリエント急行が発着するのはヨーロッパ側の旧市街にあるターミナル、シルケジ駅。周辺にはブルーモスクやアヤソフィア、グランバザールなど、名だたる観光名所が集中しています。『007/スカイフォール』の冒頭で、ジェームズ・ボンドがド派手なオートバイ・チェイスを繰り広げたのもこのあたりでした。

オリエント急行が出発するイスタンブールのシルケジ駅。
現在駅は改装中のようですが、構内には鉄道博物館があり、オリエント急行ゆかりの品々も展示されています

オリエント急行に乗車するまでのわずかなイスタンブール滞在中に、ポアロは地元のレストランを訪れます。このレストランの厨房には、焼き上がったばかりのパンがずらーり! パンの並んだ台の前に立ち、香りをうっとりと吸い込んだポアロの口から飛び出すのが、先ほどの「完璧なパンだ」というセリフなのです。

世界の3大料理のひとつトルコ料理

トルコ料理は、フランス料理、中華料理とならぶ「世界3大料理」のひとつ。さらにトルコはパンがとびきりおいしい国としても知られています。町のあちこちで露天商が売っているゴマつきパン「シミット」をはじめ、インドのナンのように平べったいもの、フランスパンのように長細いもの、ロールパン状のもの、甘いお菓子のようなものなど、トルコのパンは種類もとっても豊富です。

しかしあの厨房にあった、直径30センチほどのまるくてちょっと厚めのパンは何? 表面のポコポコが特徴的ですが、トルコを旅行した際にも日本のトルコ料理屋さんでも、見た覚えがありません。なにか特別なパンなのでしょうか。なんだかわからなかったら作れない。図書館とネットを駆使した名探偵ポアロばりの調査と推理(?)の結果、ついにあのパンの正体であろうものを突き止めました。あれは、「ラマザン・ピデ」と呼ばれるパンです!

トルコ語で「ラマザン」はイスラム暦の9月を意味するラマダン(断食月)、「ピデ」はピザのようなパンのこと。ラマダンの約1カ月間、ムスリムの人々は日の出から日没まで断食を行いますが、この時期だけに作られるのがラマザン・ピデらしい。だから見かけなかったのでしょう。ところでイスラム暦の9月っていつ? と思って調べたら、2017年は5月の末から6月末にかけてでした。じゃあ大雪が降る季節という設定のこの映画には合っていないんじゃ……と思いきや、なんと。ラマダンの時期は毎年11日ずつ前にずれていき、約33年で季節を一巡することが判明。さらに調べると、物語の舞台になっている1930年初頭のラマダンは12月から2月のあたりで、ちゃんと設定に合う冬の時期だったのでした。それなら厨房にあのパンがあるのも説明がつきます。疑ってスミマセン。納得したところで、ラマザン・ピデ作りに挑戦です。

完璧なパン!ラマザン・ピデ作りに挑戦です

強力粉はふるってボウルに入れておきます。40度くらいのぬるま湯に砂糖とドライイーストを入れてかき混ぜ、プクプク泡が出てきたら強力粉の入ったボウルにジャーッ。塩とオリーブオイルも加えて混ぜ合わせます。最初は生地が手にベタベタくっついて、「分量間違えた?」と不安になりますが、次第にまとまってきます。これをボウルから取り出し、台の上でよーくこねます。時間にして10分くらいでしょうか。表面がなめらかになったら丸くまとめてボウルに戻し、表面にオリーブオイルを塗ってから濡れ布巾をかけて暖かいところに置いて1次発酵させます。ここですでにイーストのいい香りが漂います。

40分ほど置いておくと、あーら不思議。生地は倍ぐらいに膨らんでいます。生地を台の上に取り出し、手で押してガスを抜いてから二等分に。それぞれを直径30センチくらいの円形にのばし、濡れ布巾をかけてさらに15分ほど休ませます。この間にオーブンを220度に温めておきます。

生地の形をまるく整え、指で模様をつけていきます。まるくふちをつけ、なかは格子模様に。これがスタンダードなラマザン・ピデの模様のようです。表面に刷毛で卵黄を塗り、お好みでゴマやクミンシード、フェンネルシードなどをパラパラふりかけます。今回はゴマとクミンシードを使いました。

これをオーブンに入れてほんの10分。美しい黄金色に焼きあがりました! 

トルコ料理はサラダがおいしいのも魅力

パンだけでは寂しいので、ついでに比較的簡単にできるトルコ料理も作ります。まずは多分トルコで最もポピュラーなサラダ、チョバン・サラタス(羊飼いのサラダ)。トマト、きゅうり、玉ねぎをさいの目に切り、イタリアンパセリ、ディルのみじん切り、オリーブオイル、レモン汁、塩、こしょうを加えて和えれば出来上がり。

お次は自分が大好きだから作っちゃうパトゥルジャン・サラタス(なすのサラダ)。なすは破裂しないように竹串などで穴をあけ、まるごとグリルでよーく焼きます。白い身の部分だけスプーンでかき出して包丁で細かくたたき、ヨーグルト、すりおろしにんにく少々、レモン汁、塩、オリーブオイルを加えてよく混ぜます。これで完成。

なすの形も紫色の皮もないと、食べても一瞬なすだとわからないから不思議

アダナという町の名物ケバブも!

アダナ・ケバブは、アダナという町の名物料理。ラムまたは牛の挽肉を使います。今回は入手しやすい牛挽肉にしました。挽肉にすりおろしたにんにくと玉ねぎ、ヨーグルト少々、塩、クミンパウダー、レッドペッパーを加え、ハンバーグの要領でよく練ります。これを串のまわり長細くつけ、オーブンまたはグリルで焼きます。

ケバブの付け合わせに出てくる玉ねぎスライスは、たいていスマックというスパイスで和えてあります。これが色も味も形状も日本の「ゆかり」にそっくり。今回使用したのもゆかりです。

映画には出てこないけどイスタンブール名物サバサンド

調子に乗ってもう1品。ポアロがイスタンブールのアジア側からヨーロッパ側に渡る際に乗ったフェリーは、シルケジ駅のすぐ近く、エミノニュに到着します(映画には出てこないけど)。このあたりにはイスタンブール名物のバリック・エクメック(サバサンド)を売る屋台船が並んでおり、いつも人でごった返しています。これは魚のサバを焼いて挟んだサンドイッチ。なぜか、揺れる船の中で調理して売っているのであります。

サバサンドを売るイスタンブールの屋台船。すごい量を作ってます

こちらも作り方は簡単。3枚におろし、骨を取ったサバに塩、こしょう、オリーブオイルをまぶしてしばらく置きます。これをフライパンでこんがり焼き、レタス、玉ねぎ、トマトのスライスとともにパンにはさめば出来上がり。

焼いてパンに挟むだけ。かーんたーん

では、いただきまーす。まずはラマザン・ピデ。もっちりふっくらしてほんのり甘く、表面のゴマとクミンがエスニックなアクセントになっています。ポアロの言う「完璧なパン」には到底およばない気がしますが、初めて作ったにしては上出来です。サラダ2種とケバブは、とっても異国情緒あふれるお味。ちぎったピデにパトゥルジャン・サラタスをつけて食べるとおいしさ倍増です。サバサンドは、「焼き魚のサンドイッチ??」と最初は誰もが思うでしょうが、本当に簡単で意外なほどおいしいので、ぜひぜひお試しください。

それにしても。原作にも74年に作られた『オリエント急行殺人事件』にも登場しないラマダン・ピデが、なぜ今作ではこんなにも印象的にフィーチャーされているのでしょう。あのこだわり男ポアロに「完璧だ」と言わせるのって、よほどのことだと思うのです。シナリオハンティングでトルコを訪れた脚本家マイケル・グリーンが、そのおいしさに感激してシーンを書き加えたのか、それともケネス・ブラナーが「完璧なパンだ!」とドラマに組み込んだのか。ラチェット殺しの犯人は判明したけれど、ラマザン・ピデの謎は深まるばかりです。

左の目玉のような飾りはトルコのお守り「ナザール・ボンジュウ」、右の車掌さんはオリエント急行のお土産のボールペン(乗ったことはありません)

《材料》
〈ラマザン・ピデ〉強力粉、ドライイースト、塩、砂糖、オリーブオイル、卵、お好みでトッピングにゴマ、クミンシード、フェンネルシードなど
〈チョバン・サラタス〉トマト、きゅうり、玉ねぎ、イタリアンパセリ、ディル、オリーブオイル、レモン、塩、こしょう
〈パトゥルジャン・サラタス〉なす、ヨーグルト、にんにく、塩、オリーブオイル
〈アダナ・ケバブ〉挽き肉(牛または羊)、玉ねぎ、にんにく、クミン、レッドペッパー、付け合わせの甘長とうがらし、トマト、玉ねぎ
〈サバサンド〉サバ、オリーブオイル、塩、こしょう、パン、トマト、玉ねぎ、レタス、レモン
《映画っぽい気分を盛り上げる小道具》
びよーんと上を向いたヒゲ、トランク、エッグスタンド、シャンパーニュ、ブランデー、豪華な食器、イニシャル入りのハンカチ、ボタン、ナイフ、赤いガウン