文=赤尾美香/Avanti Press

去る10月に日本での放映が開始されて以来、私の日曜日はこの番組なくしては終われなくなった。アメリカNBC制作によるドラマ「This Is Us 36歳、これから」。泣けてしまうのだ、毎回。自分でも不思議なくらいに、涙がつつーっと流れ、うなったり、ホッとしたりして、しばらく余韻に浸る。

ゴールデングローブ賞、エミー賞などを軒並み受賞

本国では2016年9月にスタートするや、軒並みの高評価。作品、出演俳優陣ともにゴールデングローブ賞、エミー賞、批評家協会テレビジョン賞、ピープルズ・チョイス賞などでノミネートされ、少なくない受賞も果たしている。そうした好評を受け、かの地では2017年12月現在シーズン2が放映中で、シーズン3の制作も決定。そんな“必見ドラマ”の話は早くから日本にも聞こえてきていた。

殺人、アクション、サスペンス、聖なる剣やドラゴンとも無縁な、言ってしまえば“地味な人間群像劇”が、なぜこんなに支持されているのだろう? と不審に思っていたのだが……結果、冒頭のような有様なのである。しかも、だ。私だけではない。当初は、今をときめく高橋一生が日本語吹き替えを担当しているということで観始めた「一生くん、ラヴ♥」な友人も、「毎回ジーンときちゃうんだよねぇ」とすっかりご執心だ。

タイトルの副題(日本語)になっている、“36歳”を生きる“Us(わたしたち)”は、3人。不本意なおバカ役で人気者になった俳優ケヴィン(ジャスティン・ハートリー:声は高橋一生)は、現状に納得がいかず舞台への挑戦を決める。ケヴィンの双子の妹ケイト(クリッシー・メッツ)は聡明で心やさしいが、かなりの肥満。自分を変えなければと減量サークルに参加し、そこで出会ったトビーと恋仲になるが不安だらけ。ケヴィン&ケイトが生まれた日に消防署の前に捨てられていたランダル(スターリング・K・ブラウン)は、双子とともに三つ子の兄弟として育てられた。黒人のもらわれっ子である彼は、悩み、葛藤しながら成長してきたが、今ではビジネスマンとして成功し、幸せな家庭も築いている。長年探し続けた実の父親を見つけ、彼の余命がいくばくもないことを知り同居を始めたばかりだ。

ケヴィンとケイトは2人の兄妹 (c)NBC/Photofest

ケヴィン、ケイトと“三つ子”として育った黒人のランダルは、今は成功したビジネスマンに (c)NBC/Photofest

現代と1980年代、2本の時間軸で進む物語

この3人を中心に物語は展開する。時間軸は2本あって、3人の現在と同時進行で描かれるのは、彼らの生い立ちから子供時代となる1980年代。子育てに奮闘する父ジャック(マイロ・ヴェンティミリア)、母レベッカ(マンディ・ムーア)と子供たちの日常が描かれていく。画面は唐突にスイッチするが、トーン淡めの映像や、センスのいい音楽使いがノスタルジーを喚起させ、現代との区分を鮮明にしているのが印象的だ。

お話は1話完結スタイル。脚本は、80年代のエピソードと現在の出来事を巧みにリンクさせており、膝を打つ時もあれば、硬い結び目が解けた時のような小さな安堵感や快感を味わう時もある。視聴者が無理せずとも気付くくらいの伏線を張り、ほどよいところでそれを回収する塩梅がいいし、同時にセリフやナレーションに言わせておしまいではなく、丁寧に施した演出で伝えようとする気概も感じさせる。

3人の父親のジャックを演じるマイロは、「ギルモア・ガールズ」や「HEROES/ヒーローズ」でメイン・キャラクターを演じていたので、海外ドラマ・ファンには馴染みがあるだろう。また母親レベッカを演じるマンディは、15歳でシンガーとしてデビュー。当時はアイドルとして売り出されたが、徐々にシンガー・ソングライター的なアプローチに寄り、これまでに7枚のアルバムを発表している。

15年ほど前にプロモーションで来日した際の彼女に会ったが、素朴で可愛らしい笑顔と、長身(約177㎝)のギャップに驚いたものだ。ニコラス・スパークス原作の映画『ウォーク・トゥ・リメンバー』(2002年)では主演を務め、ティーンエイジャーを中心に人気を得た。またディズニー映画『塔の上のラプンツェル』ではラプンツェルの声を担当、ザッカリー・リーヴァイとデュエットした主題歌「輝く未来(I see the light)」では、アカデミー賞歌曲部門にノミネートされている。

本作の5話では、レベッカがかつて歌手の仕事をしていたことが明かされ、歌を披露するシーンもある。ちなみにマンディ、05年に某ブランドのイヴェントで来日した時には、当時の婚約者(ミュージシャンのライアン・アダムス)と下北沢や原宿、築地をぶらぶらと散策して東京を満喫していた。

1980年代、3人の子育てに奮闘するジャックとレベッカ (c)NBC/Photofest

誰もが知っている問いと、もう一度向き合わせてくれる

マイロとマンディはいるものの、超人気俳優が出演しているわけではない。センセーショナルな出来事も起こらない。お金をかけたCGやセットが見られるわけでもない。それでも本作が、海を隔てた日本の視聴者をも惹きつけるのは、人種や年齢、バックグラウンドは異なれども、私たちが営む日常と彼らの日常がさほど遠いものだとは思えないからだ。

好きだからこそ素直になれない、大切に思うからこそすれ違う、誤解をしたり、八つ当たりをしたり、責めたり、責められたり……人生はそんなことの繰り返し。人はなぜ悲しい思いをするのか、どんな時に辛いと感じ、どんな時に幸せを噛み締めるのか、どうやって悲しみから抜け出し、傷を癒し、相手を赦すのか──。このドラマは、そんな誰もが経験し知っているはずの問いといま一度向き合わせてくれる。そこには小さな気づきがあり、そして、人としての正しいあり方を問われている……そんな気がする。