ヴェネチア国際映画祭、ロカルノ国際映画祭、山形国際ドキュメンタリー映画祭など、世界の名だたる映画祭で受賞を重ねている中国の天才映画監督、ワン・ビン。中国の雲南省にある精神病院の内部に密着した『収容病棟』(2013年)をはじめ、観る者に衝撃を与える現場と現実に立ち会ってきた彼ですが、2月3日より公開となる新作ドキュメンタリー映画『苦い銭』の内容もまた、これまでに勝るとも劣らない過酷な現実を突きつけています。

天才監督が目を向けたのは、住人の80%が出稼ぎ労働者の町

今回、ワン・ビン監督が見つめたのは、中国の浙江省湖州という街。この街は、大小さまざまな縫製工場が並び、仕事とお金を求めてやってきた農村出身の出稼ぎ労働者が住民の80%を占めています。カメラは、その中でも零細企業と言える、従業員10~20人程度の個人経営の町工場で働く人々に密着します。

その労働環境は、いまの日本からすると“いまどきこんな職場があるのか”と思うぐらいハードなもの。本作は、雲南省出身の15歳の少女、シャオミンが地元からバス、列車を乗り継いで職場となる町工場につくシーンから始まります。

すぐれた脚本家でも書けない会話と、名優でも出せない表情

シャオミンは冒頭で、夢と希望に胸を膨らませた様子で笑顔を見せていますが、その表情は瞬く間に消え失せます。1日の労働は早朝から始まり深夜に及ぶことも日常茶飯事。仕事をして寝ることしかできない。シャオミンの知り合いの青年は、1週間しかもたず地元へと戻っていきます。

それで賃金がいいかというと、そうではありません。かつて石川啄木が詠んだ歌「はたらけどはたらけど猶わが生活楽にならざり」を地でいき、1日の稼ぎは、日本円で3000円になればいいという程度の金額。ほとんどの労働者は生活に余裕はありません。しかも、仕事の能力が低いと、いとも簡単にクビを切られる。あまりの辛さに現実逃避で酒やギャンブルに走って、身を持ち崩す人も少なくないのです。

本作は、そんな労働者たちの現状を見せていくのですが、これがドラマ以上にドラマチックなことだらけ。こんな会話は脚本では書けないし、こんなにも絶望的な表情はどんな名優の演技でも出せない……そんなシーンばかりが連続します。まさにドキュメンタリーの醍醐味と言っていい、フィクションでは描けないような驚きの事象がカメラの前で実際に起こるのです。

ドキュメンタリーなのに脚本賞を受賞!

とりわけ、共働きで出稼ぎにきた若い夫婦のケンカのシーンは痛烈な印象を残します。カメラの存在など無きものとして繰り広げられる夫婦のファイトと、言葉の罵り合いは、一級の暴力映画よりもリアルな痛みが心と体を襲います。

そして、本作がさらにすごいのは、こうしたショッキングなシーンのみで終わっていないこと。さまざまな労働者のそれぞれの日常の断片を集めていながら、それがいつしか線となり、不思議とひとつの物語性を帯びる。そのストーリーラインは優れた群像劇のよう。

また、巨大な中国社会、そしてグローバル社会の縮図が見えてくるようで社会派ドラマにも感じられるほどです。本来、はじめに脚本など用意されていないドキュメンタリー映画ですが、それにも関わらず本作はヴェネチア国際映画祭オリゾンティ部門で脚本賞を受賞しています。実際に本作を見てみれば、この受賞にも大いに納得です。

人間の本質と社会の現実をとらえ続ける中国の巨匠、ワン・ビン。彼が視線の先にとらえた、もはや神業とも言うべきシーンとショットの数々を目撃してください。

(文/水上賢治@アドバンスワークス)