ジャスティン・チャドウィック監督が、男女の道ならぬ恋を描いたラブロマンス『チューリップ・フィーバー(原題)』が2018年に公開予定だ。物語の舞台は、チューリップの球根市場が高騰し、“チューリップバブル”に沸く17世紀のアムステルダム。孤児のソフィアが豪商のコーネリスと愛のない結婚をするが、貧しくも才能あふれる肖像画家ヤンと出会い、恋に落ちていく様を描く。

本作同様にこれまでも、芸術家と人妻の秘めた関係というのは歴史上で数々語られている。芸術家にとって、愛や恋は重要な創作源なのであろう。そこで今回は、禁断の愛から生まれた名作とその背景を紹介したい。

ムンクら多くの芸術家に愛された魔性の女「マドンナ」

絵画「叫び」で有名なエドヴァルド・ムンクは、生涯を独身で過ごしながらも数多くの女性と浮名を流した。彼の才能が開花するベルリン時代に出会った女性、ダグニー・ユールもその一人だ。

ダグニーは芸術家たちが集う居酒屋のマドンナ的存在であり、ムンクも密かに想いを寄せていたが彼女はほかの男性と結婚する。しかし、自由奔放なダグニーは人妻でありながらムンクや周りの男たちと恋仲となり、彼らを嫉妬と愛憎がうずまく暗い闇へと突き落とす。

ムンクの描いた「マドンナ」は、一説にはダグニーをモデルにした作品と言われている。艶めかしく恍惚とした表情の女性に漂うのは、タイトルが意味する「聖母」とは反対の、不気味な“死”のイメージだ。

ムンクは、この作品で自身の女性観や死生観、愛のイメージをかたちにしたのかもしれない。「マドンナ」から、ダグニーが芸術家の感性を刺激する女性だったことが伺える。また、「嫉妬」という作品では、嫉妬に駆られ苦悩する男の姿と男女の姿が描かれているが、こちらの女性も彼女がモデルだとする説がある。

名曲「トリスタンとイゾルデ」でつづられたワーグナーの不倫愛

愛と苦悩を歌い上げる、リヒャルト・ワーグナー作曲のオペラ「トリスタンとイゾルデ」。オペラ芸術の最高峰として名高いこの作品は、ワーグナー自身の不倫体験から生まれたといわれている。

自分を手厚く世話してくれたパトロンの妻、ヴェーゼンドルク夫人と恋に落ちたワーグナーは、その激しく燃える愛憎を作品に注ぎ、歴史に残る名曲を生み出した。パトロンの妻との秘めた恋という状況は『チューリップ・フィーバー』とよく似ている。禁じられた愛にもがき、行き場のない感情を創作活動で昇華させていたのだろうか。「トリスタンとイゾルデ」では、愛してもいない王に嫁ぐイゾルデが苦悩の果てに、とある究極の選択をするが、『チューリップ・フィーバー』の結末はどうなるのか。

芸術家の才能を輝かせる女たち

絵画、音楽、小説などのジャンルを問わず、稀代の芸術家の傍らには、必ず“ミューズ(女神)”や“ファム・ファタール(運命の女)”と呼ばれる、特別な影響を与えてくれる女性の存在があった。彼女たちとの出会いにより芸術家の感性は磨かれ輝きだすが、ときにその関係は表立って言えないものであることもしばしば。倫理や理性に反し、心のままに人を愛する衝動は、“美”に惹かれる心と似たものなのかもしれない。

『チューリップ・フィーバー』では、コーネリスが、夫婦の肖像画制作のために若き画家ヤンを雇ったことをきっかけに、ソフィアとヤンが運命の出会いを果たす。ヤンは美しいソフィアを一目見て恋に落ち、絵を描くためにソフィアのもとに通うこととなる。

父親ほど歳の離れた夫と、自由のない結婚生活を送るソフィアの灰色のような日常が、ヤンとの出会いにより、華やかに、鮮やかに色づき始める。ソフィアの、夫を裏切ることへの罪悪感とためらい、ヤンの、人妻を愛する葛藤に比例するかのように燃え上がる2人の恋の情熱は、“チューリップ・バブル”のように膨らんでいく。彼らはその“チューリップ・バブル”を利用し、とある決断をするが……。

本作は、近世ヨーロッパの風景や建築、ファッション好きも必見の作品となっている。チャドウィック監督が手掛けた『ブーリン家の姉妹』(2008年)でも見られるように、本作でも美しい映像と官能的な雰囲気を堪能できる。世界が一変するような、ドラマティックな運命の恋物語と、まるで絵画のような圧巻の映像美に酔いしれよう。

(文=SS-INNOVATION.LLC/大原真理子)