1月27日より公開の韓国映画『殺人者の記憶法』が滅法面白い。まず何よりも設定が独創的だ。何かと空気を読みがちで、批判をおそれる“忖度の国”日本では成立しないであろうシチュエーションで物語は展開していく。娯楽は面白さこそが唯一絶対の正義、禁断なんてあるわけないでしょ? そう言わんばかりの潔いコリアンスピリットに打ちのめされる痛快無比の一作だ。

主人公は、元・殺人鬼でアルツハイマー!?

主人公は殺人鬼。正確に言えば、元・殺人鬼。ここまでなら、日本の作品にもありえる設定だ。しかし、殺人鬼をメインに据えた場合、それを追う刑事などが普通は対等の立場で登場するもの。しかし、本作にはその立場にある者がいない。純粋に元・殺人鬼の内面だけがドラマの中心となっている。

ここから先がこの映画の本当の独創性だ。驚くなかれ。この元・殺人鬼、なんとアルツハイマーなのだ。殺人鬼とアルツハイマーの取り合わせは、日本ではおそらく実現しないだろう。アルツハイマーという対象に、殺人という過激な設定を組み合わせないと思う。

いまは獣医として暮らす主人公は、かつて繰り返されるDVに耐えかねて父親を殺してしまったことを皮切りに、町にはびこる悪の抹殺を繰り返してきた。本人的にはそれは「正義」だったが、それは自分本位の殺人に他ならなかった。

ところが、近頃、物忘れがどんどん激しくなり、毎日の出来事を録音する日々。一緒に暮らしている最愛のひとり娘のことさえ、危うくなりかけている。そんな彼が、車である接触事故を起こしたことから、恐るべき物語が始まることになる。

実は意外にも正攻法のエンタメ映画

ぶつかった車を運転していた青年に、何か不穏なものを感じた主人公は、青年が殺人鬼であることを直感する。過去の記憶はどんどん薄れているが、青年に自分と同じ「匂い」を感じたのだ。彼が刑事であれば、それは「勘」で済まされるかもしれない。だが、なにしろ、アルツハイマーが進行中の男である。誰も彼の主張に真剣に取り合わない。懇意にしている警察署長ですら半信半疑だ。

しかも、その青年は警官だった。犯罪のもみ消しなど、いくらでもできる立場にある。その上、青年は、主人公の可愛い娘をターゲットに選ぶ。そして、事態は急展開を迎えるのだ。

殺人鬼は、殺人鬼の気持ちがわかる。これは、たとえば名作『羊たちの沈黙』(1991年)と同じ構図だが、そこにアルツハイマーという想定外なシチュエーションを加味したことで、予想もつかないラストへとなだれ込んでいく。

自分の声を録音したレコーダー、父と娘の関係、そして青年の過去。幾重にも張り巡らされた「罠」が、最後の最後に全開放されるとき、イレギュラーに思えた本作の仕掛けが、実は正攻法だったことに気づかされる。それはぜひ、実際に映画を見て体感してほしい。

アルツハイマーの元殺人鬼をリアルに演じたソル・ギョング、謎の青年をミステリアスに体現したキム・ナムギル、そして、可憐かつ一途な娘を好演して涙を誘うキム・ソリョン。キャスト陣の芝居にも吸引力があり、とにかく観客をとことん楽しませようとする韓国映画の底力を実感する傑作だ。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)