ゴッホ、セザンヌと並び、19世紀フランスの“ポスト印象派”を代表する芸術家として知られるポール・ゴーギャン。近代主義全盛のパリを厭い、野生あふれる未開の地での創作を切望していた彼は、1891年に念願のタヒチにたどり着き、その後の人生と作品スタイルを決定づけた波乱万丈の体験をしています。

『ゴーギャン タヒチ、楽園の旅』(1月27日公開)は、彼のタヒチ時代の壮絶な創作秘話と愛の悲劇をつづった伝記ドラマです。先駆的な描写理論と大胆な色彩で、近・現代美術やピカソら前衛芸術家たちにも多大な影響を与えたゴーギャンは、どのようにその作品スタイルを手に入れたのでしょうか?

妻子を捨て、友から見放されても“野生”を求めてタヒチへ

(C) MOVE MOVIE - STUDIOCANAL - NJJ ENTERTAINMENT

もともとゴーギャンは株式仲買人を職業とする裕福な実業家。印象派の画家たちが集うパリ9区に住み、画家のピサロから絵を描くことを教わっていたそうです。その後、パリを襲った不景気をきっかけに収入が激減した彼は、創作の世界に身を置くことを決心。パナマを経てマティニーク島を歴訪すると、フランス統治下にあるカリブ海の島々を見聞して回り、そのエキゾチックな魅力に心奪われたと伝えられています。

映画では、貧窮状態から抜け出すため、1人でタヒチへ渡ることを決めたゴーギャンの壮行会のシーンから物語が急激に動き出します。妻子から同行を断られ、仲間たちからも否定されたゴーギャン。孤独と疎外感に苛まれた彼の不機嫌な顔には、これから迎えるであろう過酷な運命の影が張り付いているかのようです。

熱帯のアトリエ、タヒチで出会った運命のミューズ “原始のイブ”

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芸術家の名作の裏には、常にミューズ(女神)ともいうべき魅力的な女性の存在があります。『クリムト』(2006年)に登場する宿命の女・レアや、『エゴン・シーレ 死と乙女』(2016年)のシーレの代表作「死と乙女」のモデル・ヴァリなど、映画でもたびたび偉人と運命の女性との物語が描かれています。

念願かなってタヒチに渡ったゴーギャンにも、彼らと同様に創作のインスピレーションを与えてくれるミューズとの出会いが訪れます。彼は開発された首都パペエテから離れた奥地の村で、“原始のイブ”テフラと出会うのです。ゴーギャンは、糖尿病や心臓病に体を蝕まれながらも、テフラの語る天地創造の神話に大いなる自然を感じ、野生美あふれる彼女の肉体にインスパイアされ、憑き物が落ちたように創作に精を出していきます。

ゴーギャンは「メランコリー」、「イア・オアナ・マリア(マリア礼賛)」、「一人で」などを手がけます。その生き生きとした姿は、色彩豊かな大自然と、生命力に満ちた現地の人々をモデルに描いた名画誕生の瞬間を、私たちに追体験させてくれるようです。

名画「マナオ・トゥパパウ」の裏に隠されたゴーギャンの魂

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しかし、そんな蜜月も長くは続きません。若さの盛りを過ぎた夫との貧しい生活、フランスにいるゴーギャンの妻子の存在など、テフラの中に少しずつ不安と不満がたまり始めていきます。そんな折、ゴーギャンが町へ物売りに出かけて帰宅すると、ベッドの上には裸のテフラが……。

ゴーギャンは帰宅途中、暗闇に潜む若い男の姿を目撃しています。しかし、彼は浮気を問いただすことも、すすり泣くばかりのテフラに一切構うこともせず、一心不乱に横たわる彼女の裸体を描き続けます。そうして傑作「マナオ・トゥパパウ(死霊が見ている)」を完成させたゴーギャンですが、何よりも創作を優先させる姿には、彼が抱える底知れぬ闇を垣間見せられているかのよう。名画の裏側からは、愛に苦しみ、理想の芸術を追い求めた鬼気迫る芸術家の魂が感じられます。

史実によると、極貧と病気に苦しんだゴーギャンは1893年にフランスへ帰国。叔父の遺産を相続してアトリエを構えるも失敗し、舞い戻ったタヒチの地で失意のうちに54年の生涯を閉じたといいます。そんな彼がタヒチ時代に手がけた「ナフェア・ファア・イポイポ(あなたはいつ結婚するの?)」は、2015年に絵画史上最高額の355億円で落札。後年になってようやく評価されたこれら名画のために、ゴーギャンが代償として支払った壮絶すぎる人生に想いを馳せずにはいられません。

(文/足立美由紀・サンクレイオ翼)