2015年、SNSに投稿された一枚の写真が全世界に波紋を投げかけました。そこには弓を持った誇らしげな表情のアメリカ人医師と、今まさに殺されたライオンの姿が写されていたからです。

獲物の毛皮や頭部だけを目的に動物を狩猟する“トロフィー・ハンティング”によって“ジンバブエで最も有名なライオン”のセシルが射殺されたというこのニュースは、瞬く間に世界を飛び交いました。動物愛護が叫ばれる昨今、人間としての倫理を問うこのテーマにスポットを当てた、あるドキュメンタリーがベネチアやトロントなど世界の映画祭で上映され、注目を集めています。

アフリカに富みをもたらすトロフィー・ハンティングとは?

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これまで暴かれることのなかったトロフィー・ハンティングの実態に迫った『サファリ』(2018年1月下旬公開)。カメラはヨーロッパからナミビアに、レジャーとして狩りにやってきたハンターたちと、ハンティング・ロッジを経営するオーナー、そして現地でガイドをする原住民たちを追い、アフリカの草原で野生動物を狩猟するハンターたちの姿を赤裸々に映します。

そこから見えてくるものは、狩りに魅了される愛好家の言動ばかりではなく、野生動物が合法的に殺されながらも観光資源としてハンターがもたらす経済効果に頼らざるを得ないアフリカ諸国の実情です。映画公式サイトによると、サハラ砂漠以南のアフリカ諸国でトロフィー・ハンティングを許可している国は現在24カ国あり、毎年18,500人のハンターがアフリカを訪れ、年間217億円の収益をもたらしているといいます。驚くべきことに動物の命が、ビジネスの道具として無残に扱われているのです。

狩猟を楽しむハンターたち。その言動をありのままに映し出す

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映画は淡々としたトーンで、ハンターたちの狩りの様子を映し出していきます。ハンティング・ロッジのオーナーや現地ガイドとともに、狩りに最適な野生動物を探し求めてアフリカの原野をひたすら歩くハンター一行。獲物が見つかれば、素早く猟銃を準備し狩りのスタンバイに入り、オーナーやガイドからアドバイスをもらいながら、狙いを定め、引き金に指をかけます。

アフリカの大地に轟く銃声と同時に、遠くで倒れこむ動物――。

ハンター一行は興奮しながら仕留めた獲物に近づき、傷口から血の泡を吹き出しながら息絶えてゆく獲物の死を確認すると、亡骸を前に、にこやかに記念撮影を行います。カメラはその一部始終を間近で、非情なまでにありのまま映し出していきます。

狩りに魅了されるハンターたちの主張

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衝撃的な映像に「なぜハンターたちはこのような行為に魅了されるのか」という疑問を抱くかもしれません。映画では狩りのシーンだけでなく、実際にトロフィー・ハンティングに参加するハンターたちの生の声にも耳を傾けています。彼らは一様に、狩猟に対する社会的な批判を自覚しながらも、狩猟の意義や魅力を主張します。

例えば、劇中に登場する男性ハンターは「管理された環境での狩猟は合法的で有益」と言い切って「発展途上国に住む人々の収入源にもなっている」と主張。あるハンターは「狩猟というのは動物を無差別に撃つわけじゃない。年老いた動物や病気の動物にとっては救済にもなる」とさまざまな自説を展開します。

しかし、その主張よりも印象的なのは、ビールを豪快に飲みながら、タバコをくゆらせ、ハンティングについて語る彼らの生き生きとした表情です。この表情こそがトロフィー・ハンティングをする理由そのものなのかもしれません。

『サファリ』は、中立の立場でトロフィー・ハンティングの実情や、その先にある、なぜ人々がハンティングに魅了されるのかということを静かにあぶり出していきます。アメリカのように銃が身近でない日本では、ハンターたちの主張がより奇異に映り、人間の醜さを感じるかもしれません。しかし、自らの幸福のために、行為を正当化するということは、誰しもが意識せずに行っていることなのかもしれません。映画は、動物ではなく、ハンターを追うことによりそんな人類の本質の部分を問いかけてきます。

(文/スズキヒロシ・サンクレイオ翼)