文=石津文子/Avanti Press

旅する坂口健太郎が洒落た街や建物を歩くブルボン「アルフォート」(https://youtu.be/QhSb0kCXY1w)のCM。どこの国だろうと思う反面、見憶えがある気もする。不思議なたたずまいの場所、それがこのCMの舞台、ハンガリーだ。特に“東欧のパリ”、“ドナウ川の真珠”と呼ばれる中世そのままの美しい街並の首都ブダペストは、近年、世界中のフィルムメーカーから注目される人気ロケ地。あの『ブレードランナー2049』(2017年)も大半がハンガリーで撮影されている。他にも『裏切りのサーカス』(2012年)(パリのシーンは実はブダペストで撮影)や『47RONIN』(2013年)、『ワールド・ウォーZ』(2013年)などのハリウッド映画や、竹中直人、夏菜出演の「モビット」(https://youtu.be/SmjNXl8tSD0)のCMなども撮影されている。

ウィル・スミスも絶賛した最新作『ジュピターズ・ムーン』も

そこには世界遺産でもある景色の美しさだけではない、独特の魅力があるようだ。『ホワイト・ゴッド 少女と犬の狂詩曲』で2014年カンヌ映画祭ある視点部門グランプリを受賞したハンガリーの監督コーネル・ムンドルッツォも、自国で撮ることにこだわっている。先日、来日したムンドルッツォに話を聞いた。

ムンドルッツォの最新作『ジュピターズ・ムーン』は、2017年のカンヌ映画祭コンペティション部門で上映された。受賞こそ逃したものの評価は高く、審査員だったウィル・スミスが「僕はこの映画が大好きだったのに、他の審査員を説得出来なかった。民主主義は最低だね(笑)」と発言して話題となったSFエンタテインメント。題名は木星の衛星エウロパ(EUROPA)に由来する。パラレルワールドのヨーロッパが舞台だ。

景観だけじゃない! ハンガリーがロケ地に選ばれる理由とは?

主人公は、医療ミス訴訟で大金を必要としている医師シュルテン。彼は難民キャンプで、重症を負ったシリア難民の少年アリアンに出会う。アリアンは、国境で撃たれて以来、空を飛べるようになっていた。シュテルンは、彼を天使に見立てて荒稼ぎをもくろみ、警察やテロリストに負われることになる。

クライマックスとなる、ブダペスト市街地での激しいカーチェイスは大迫力だ。「あれは、6時間で撮ったんですよ」とこともなげに言うから、びっくり。

『ジュピターズ・ムーン』2018年1月27日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー
2017 (C) Proton Cinema - Match Factory Productions - KNM

「ハンガリーは、撮影スタッフがものすごく優秀なんです。これは15年前では考えられないくらいのレベルの高さですね。飛躍的に技術レベルが上がりました。『ブレードランナー2049』はロケだけでなく、スタジオ部分も、ほとんどがハンガリー国内で撮影されたんです」

実際、『ブレードランナー2049』のエンドロールには、ハンガリー人スタッフの名前がずらりと並ぶ。撮影クルーの優秀さに加え、コスパの良さ(物価の安さに加え、ハンガリーで撮影すると税金の一部が還付される)も、理由のようだ。

「リハーサルも含めて、6時間ですよ(笑)。夜中に準備をはじめ、リハーサルをして、太陽がのぼったところで撮影開始。1発でほぼうまく行きました。念のため、もう一度撮りましたが、ほとんどのカットは最初のものを使っています。スタッフが優秀なのはもちろんですが、警察の協力で、街の中心地の道路を封鎖出来たことも大きいですね」

35mmフィルムで撮影し、カーチェイスだけでなく空中浮遊シーンでもCGの使用は最小限。実際にクレーンで吊るして撮ったのだというが、このような大がかりな撮影もハンガリーでは低コストだ。

“過激”でも描かなければならない…作品に込められたメッセージ

コーネル・ムンドルッツォ監督(右)と脚本家カタ・ヴェーベル(左)
『ジュピターズ・ムーン』2018年1月27日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー

技術力だけではなく、ハンガリー映画自体のクオリティも世界を席巻しつつある。2015年の『サウルの息子』は、アカデミー外国語映画賞、カンヌ映画祭監督賞を受賞。2017年のベルリン映画祭でもハンガリー映画(イルディゴ・エンエディ監督『心と体と』)が最高賞の金熊賞に輝いた。

1989年までは共産圏であり、民主主義化した後は経済格差が進み、現在、ヨーロッパの中で移民・難民に対して強硬な姿勢を取っているハンガリー。『ジュピターズ・ムーン』は娯楽作でありながら、そんなハンガリー、ヨーロッパが直面する複雑な問題を描き出す。

難民であるイスラム教徒の少年が、国境警察に撃たれたことで空中浮遊能力を身につけ、ハンガリーの裕福なカトリック教徒たちに天使として崇められる、という描写はかなり挑発的だ。監督のパートナーで脚本を手がけたカタ・ヴェーベルは、「ここはかなり過激だったとは思う。でも、これは描かないといけなかったんです」と言う。

『ジュピターズ・ムーン』2018年1月27日(土)新宿バルト9ほか全国ロードショー
2017 (C) Proton Cinema - Match Factory Productions - KNM

ムンドルッツォも「SFにいろいろ混ざって複雑に見えるかもしれないけれど、人間とは複雑、混沌としているものなんです。そしていろいろな違いを受け入れていかなければ。主人公の医者も最初は嫌な奴だったのが、少年と出会い人間らしくなっていきます」と語る。同時にわかりやすいメッセージに飛びつきたくなる社会に、不安を感じるとも。日本で暮らす我々にとっても、これは他人事ではない。

「僕は共産主義のもと、十代を過ごしました。これを経験したことが映画作りに与える影響は大きいと思います。あの頃は抑圧されながらも、ある意味で守られている感覚があった。豊かではないけれどシンプルなスローガンを訴える社会にどこかで安心してしまっていた。もちろん、抑圧から解放され、ようやく自由主義社会になったときは、みんな喜んだんです。ところが、せっかく自由になったというのに、今また単純なメッセージに飛びつく人が増えてきた。皮肉なことに、ブダペストで移民や難民排斥運動が盛んなのは、高級住宅街なんです。一人も移民や難民がいないエリアの人々が、なぜか見たこともない難民を怖がる。皮肉なものですよね(笑)?」