1980年代にベルギー・アントワープ王立芸術学院を卒業し「アントワープの6人」のひとりとして台頭したファッションデザイナー、ドリス・ヴァン・ノッテン。90年代に主流だったミニマリズム(装飾を排除したシンプルなファッション)を打ち破り、フォークロア調のファブリックを使った斬新なデザインで高い評価を受け、トップデザイナーの地位を確立しました。今でも、自己資金だけで活動する数少ない独立したデザイナーです。

同じ頃に人気デザイナーだったジル・サンダーやアレキサンダー・マックイーンなどが大手企業グループの傘下に入ってしまっても、ドリス・ヴァン・ノッテンはなぜ独立を続けるのか……!? 

2018年1月13日(土)に公開された映画『ドリス・ヴァン・ノッテン ファブリックと花を愛する男』は、そんなドリスの25年の軌跡をたどるドキュメンタリー。『マグナム・フォト 世界を変える写真家たち』(2007年日本公開)で卓越したドキュメンタリーの手腕を見せたライナー・ホルツェマー監督が、ドリス・ヴァン・ノッテンに1年間密着した話題作です。今回は、本作より、ドリス・ヴァン・ノッテンが大手企業グループに属さない理由を分析してみました!

1.タイムレスなリアルクローズを作りたい

(C)2016 Reiner Holxemer Film - RTBF - Aminata bvba - BR – ARTE

ほとんどの高級ブランドはセレブを広告塔に使います。その理由は、時代の最先端をいくセレブによって、“ラグジュアリー”や“斬新性”のイメージを生み出し消費者の購買意欲を高めるため。ところが、ドリスはセレブを“ブランドの顔”にしないどころか、広告でさえ打ち出していません。

ドリスがセレブや広告を使わない根拠は2つあります。まず1つ目はセレブを広告に起用するとファッションが一過性のものになるから。「ファッションは嫌いだ。ファッションと呼ばれるものは半年で終わる。私は時代を超えたタイムレスな服を目指している」と本作で語るドリス。

旬のセレブを使えば確かに“新しさ”を演出することができますが、セレブの人気は浮き沈みが激しい上に、セレブのパーソナルなイメージが服に影響してしまいます。ドリスが伝えたいタイムレスな価値感はセレブでは伝えきれないのかもしれません。

2つ目は、セレブではなく普通の人々のために服を作っているから。インディペンデンス紙のweb版にドリスが語ったところによると、「サイズ38ではない、セレブのように完璧な体形でない人のためにデザインすること、そしてそういうデザインをコレクションにするのが挑戦なんだ」なのだとか。セレブが着こなす服ではなく、一般の人がその人の個性の一部となる本当の服“リアルクローズ”、着る人と一緒に成長する服を作りたい、というのがドリスの願いなのです。

2.コレクションを増やしたくない

(C)2016 Reiner Holxemer Film - RTBF - Aminata bvba - BR – ARTE

通常、高級ブランドはメンズ、レディースを入れると6週間~8週間ごとに新しいシーズンのコレクションを発表しています。コレクションの回数が多ければ多いほど、より多くの新しいトレンドが生まれて購買サイクルが加速し、ブランドは利益を得ます。

一方、ドリスは年に4回のみ。なぜなら、コレクションは「毎回何かをつかむための真剣勝負」だと信じているから。映画では、ドリスが服の創作過程を語ります。まずはストーリーを想像して、登場人物がまとうファブリックやマテリアルを考察するのだそう。そして、ファブリック自体を製作するのに4~5ヶ月ほどかけるのだとか!

また、利益率が高いアクセサリーやバッグを手軽に作らないのもドリスの特徴。一般的に高級ブランドバッグの小売価格は、生産コストの10~12倍だと考えられています。特にバッグはサイズもないので消費者が購買しやすく服と違って在庫が余りにくいという、収益が高いアイテム。目先の利益よりも、コレクションに時間をかけて本当に作りたいものを創作する……。こういったブレのない信念こそが、ドリスが大手企業グループに加わらない理由ではないでしょうか?

3.創造の冒険

(C)2016 Reiner Holxemer Film - RTBF - Aminata bvba - BR – ARTE

80年代以来、織り柄やプリント、刺繍がふんだんにあしらわれたファブリックで世界中を魅了したドリス。ファブリックの魔術師のような彼にも、転機となるコレクションがいくつかありました。

2001/2002年秋冬コレクションがそのひとつ。当時、LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン、PPRグループ(現ケリング)、リシュモン、プラダグループなどの大手企業グループが、老舗クチュールブランドや若手ブランドの買収を始めていました。ドリスが作中告白したところによると、ドリスのメゾンも何度か売却を持ち掛けられていたとのこと。そんなモード界の劇的な変化を受けてドリスもブランドのあり方を模索し、冒険してみたといいます。

2001/2002年秋冬コレクションでは、色彩が豊かで柔らかなそれまでのドリスのスタイルとは打って変わり、クールなモノトーンの服を発表。けれど、このコレクションは不評に終わります。この出来事をきっかけに、ドリスは「きちんと作られて、着てリラックスできる服を作る。メゾンは売らない」と決心したそう。そして、2004年春夏コレクションでは、ファブリックや刺繍が美しいフォークロアでコンテンポラリーなドリスのスタイルがカムバックしたのです。実際に本作では、もし大手企業グループに入っていたらこんな冒険はできなかっただろうとドリスは話します。

独立したデザイナーだからこそできる“創作の冒険”――。それが欠けると、ファッションは大量生産される単なる“モノ”になってしまう……。それは、ファブリックのディテールを愛し、自然の花の美しさを愛するドリス・ヴァン・ノッテンの信じる道とは真逆のもの。

「“魅力的”と人が反応するのは服に込められた誠意と情熱。つまり作り手の心だ」――ドリス・ヴァン・ノッテン

【参考】Dries Van Noten: 'There's too much fashion' - INDEPENDENT

(文・此花さくや)