ミュージカル映画として、日本で久々のブームを巻き起こした『ラ・ラ・ランド』(2016年)。ロマンチックなミュージカルナンバーに加え、ノスタルジックな時代背景の中で行われる色彩絢爛な演出が多くの観客の心をとらえた。実は本国アメリカでホラー版『ラ・ラ・ランド』ど喧伝された1本のポーランド映画が同時期に公開されている。それが女性監督アグニェシュカ・スモチンスカによる『ゆれる人魚』(2月10日公開)だ。

エログロ満載の『ラ・ラ・ランド』!?

(C)2015WFDIF, TELEWIZJA POLSKA S.A, PLATIGE IMAGE

舞台は、1980年代の社会主義体制下のポーランド。ライブあり、ストリップありのナイトクラブ・ダンシングレストランに、どこからともなく現れた美人姉妹。姉妹は得意なダンスや歌を披露し、瞬く間に真夜中のスターになる。しかしその正体は人喰い人魚だった。

郷愁を誘うひと昔前という舞台設定。禁断の愛に身を焦がす美人姉妹。猥雑ながらも奇抜な美しさを持つナイトクラブやショッピングセンターで繰り広げられる、カラフルなミュージカルシーン。スモチンスカ監督も「製作時期としては『ゆれる人魚』の方が先ですが、アメリカでの公開時期は『ラ・ラ・ランド』とほぼ同時期。それゆえにアメリカでのプロモーションの際は“デヴィッド・クローネンバーグmeet『ラ・ラ・ランド』”と紹介されました。過去が舞台で愛をテーマにしており、それらをミュージカルという技法で表現しているという点では似ているかもしれません」と偶然の一致に驚いている。

デヴィッド・クローネンバーグとは、映画『ザ・フライ』(1986年)、『ヒストリー・オブ・バイオレンス』(2005年)、『イースタン・プロミス』(2007年)などで知られるカナダ出身の異才映画監督。生み出される作品は、ジャンルの枠にとらわれない独特な色合いを持つものばかりで、カルト的な賞賛を得ると同時に、カンヌ国際映画祭の審査委員長経験もある巨匠として知られている。

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『ラ・ラ・ランド』既視感を引き起こす一方で、本家にはない要素が『ゆれる人魚』をより際立たせる。それがユーロビートを基調とした楽曲、クローネンバーグ監督ばりの大胆なエロスとストレートでグロテスクな描写だ。“ミュージカル”という言葉の持つ壮大さと晴れやかなイメージは皆無である。

「私は『ラ・ラ・ランド』を見たときに、何かが足りないと思いました。『ラ・ラ・ランド』は王道のミュージカルです。そこに私は物足りなさと退屈さを感じました。私たちは『ゆれる人魚』を通して、ミュージカルというジャンル自体を滅ぼしてやろう!と思っていたから」と、典型ブチ破りに自信を見せる。

クレイジーな撮影は武者震いの連続

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当初は音楽家姉妹のシンプルな心理ドラマとして企画されていたが、それを人魚姉妹に変更。人魚は歌を唄うという伝承もあり、かつ舞台もナイトクラブであることから、自然にミュージカル形式になった。そして人魚も、アンデルセンの可憐なものではなく、ギリシア神話に登場する船乗りを美しい歌声でたぶらかし喰い殺す、海の怪物セイレーンをモチーフとした。

スモチンスカ監督は、これが長編映画監督デビュー作。ミュージカル作品製作の経験もなければ、ミュージックビデオ経験もない。リスキーな選択といえそうだが「正直、ミュージカル形式の演出に対する不安はありました。『ダンサー・イン・ザ・ダーク』の際にラース・フォン・トリアー監督が、ミュージカルシーンの演出をほかの監督に任せたという逸話を聞いたことがあります。当初は私もポーランド内で数人の監督に声をかけたくらいです」と打ち明ける。

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だが「すべてを自分の演出でまかなうことにしました。なぜなら目指したのは典型的なミュージカル映画ではないからです。劇中ではミュージカルシーンからいきなりホラーシーンになるなど、ジャンルを飛び越える展開があります。その展開こそが肝だと思ったし、挑戦だと思えたからです。私を含めスタッフの誰もが未経験の中で、クレイジーなアイディアを出し合う。そこから予想外の映像が生まれる。撮影は武者震いの連続でした」と既成概念御免の大胆さが勝機となった。 

ホラー映画は大嫌い……だって怖い

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ロリータフェイスの美人姉妹の美しい半裸の下にあるのは、巨大深海魚を思わせるグロテスクな尻尾。人体切断の血まみれ手術シーンに至っては、隠すことなくすべてを見せつける。これらエログロ場面にホラーマニアは歓喜の声を上げた。上品そうな見た目とは裏腹にスモチンスカ監督は「その場面はこの映画の核。一番にイメージが沸いた」と声を弾ませる。この人、かなりのスキモノなのだろうか? ところが予想外の言葉が即答された。

「NO! ホラー映画は大嫌いです。だって怖いもの。ポーランドにはホラーというジャンル自体が珍しく、どのように撮り、どのように見せるのかという手法すら確立されていません。私自身、ホラー映画で観たことがあるものといえば『エクソシスト』と『シャイニング』くらい」と苦笑い。無知ゆえにとんでもない表現が生み出されるのはよくあることで、スモチンスカ監督もそのクチのよう。「嫌いと言いながらも告白すると、残酷シーンの撮影はとてもファンタスティックでした。人間や愛など普遍的なものをホラーというジャンルを通すことで、より強調させることができると知った」と発見多々だ。

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『ゆれる人魚』は、サンダンス国際映画祭をはじめとする様々な映画祭で高評価を得て、スモチンスカ監督の名前も一躍ホラー映画監督として知れ渡った。ご本人は「同じようなものを繰り返し撮るような映画監督にはなりたくない」というものの、新鋭ホラー映画監督7人による民間伝承ベースのオムニバスホラー『The Field Guide to Evil』(2018)に参加。ここでも、そこまでやるか!? な全裸美女の皮剥ぎをリアルに演出している。「私は一見普通の女に見えるかもしれないけれど、下半身は魚の尻尾だったりして」と不敵に笑うポーランドの変態美女には、これからも既成概念をぶち壊すホラー道を歩んでほしいものだ。

(石井隼人)