1月27日公開の『神と人との間』は、近代文学を代表する文豪・谷崎潤一郎の小説を原案とした恋愛映画だ。町医者の穂積とその親友・添田は、ともに熱帯魚店の店員・朝子に恋をする。穂積は親友に朝子を譲り、添田と朝子は結婚するが、添田は新婚にもかかわらず愛人を作って朝子を虐待するようになる……というストーリー。この話は、谷崎が親友である佐藤春夫に妻を譲渡したという“実体験”に基づいているというから驚きだ。

(C)「TANIZAKI TRIBUTE」製作委員会

本作は、「谷崎潤一郎原案/TANIZAKI TRIBUTE」と銘打たれたプロジェクトの第1弾。今年、谷崎作品の中でもこの『神と人との間』のほか、『富美子の足』『悪魔』の3篇が、それぞれ異なる監督の手によって、同プロジェクトで順次映画化されるのだ。2018年はまさに“谷崎イヤー”、彼の紡ぐ耽美的でエロティシズムあふれる世界にいつ浸る? 今でしょ! と言いたくなる。

そこで、谷崎作品を片っ端から読み漁り、代表作に至っては「読み直し用」「保存用」「布教用」と3冊ずつ保管している谷崎フリークの筆者が、数ある谷崎原作の映画作品から「これぞ!」と思う3作品を紹介したい。

刺青によって、女は妖しく生まれ変わる…『刺青 匂ひ月のごとく』(2009年)

原作となるのは谷崎潤一郎の処女小説『刺青(しせい)』。原作は「美女の玉のような肌に刺青を彫りたい」という秘めた願いを持つ腕利きの彫り師・清吉が理想の娘と巡りあい、心血を注いで彼女の背中に巨大な蜘蛛の刺青を彫るという内容だ。わずか10ページほどの短編ながら、谷崎の足フェチぶりと「美しいものは強く、醜いものは弱い」と清々しいほどの耽美主義が貫かれている。

『刺青』は谷崎作品の中でも人気が高く、これまでに6本の映画が製作されている。その中でも『刺青 匂ひ月のごとく』は、谷崎文学の官能性にミステリーを取り込んだ意欲作だ。

舞台は現代、美しく才気あふれる姉にコンプレックスを持つ恋愛経験ゼロの妹が、姉の恋人を奪ってしまったことから彼女の怒りを買ってしまう。姉に陥れられ、謎の彫り師の元に送られた妹。そこで彫られた鳳凰の刺青によって魔性を開花させていく様が妖艶に、生々しく描かれていく。

原作では、身体に蜘蛛を彫られた娘は「親方、私はもう今迄のような臆病な心を、さらりと捨ててしまいました。──お前さんは真っ先に私の肥料になったんだねえ」と妖しく語るが、主演の井村空美が原作に勝るとも劣らない蠱惑的な演技を見せてくれる。

夫婦の異常な愛情──夫はいかにして妻を不倫させたか『鍵』(1959年)

谷崎の代表的な長編小説である『鍵』。原作は初老の大学教授が美しい年下の妻に奉仕するため、わざと娘の婚約者を妻に近づかせて性的興奮を得るというストーリーだ。夫も妻も互いにこの顛末を日記に書き記し、しかも互いにその日記を盗み読んでいるという「異常な三角関係」が描かれている。「いびつな恋愛」をテーマにしているという点では、『神と人との間』にも通ずるものがあるのではないだろうか。

『鍵』は『刺青』と同様、たびたび映像化されているが、中でも推したいのが1959年版。市川崑監督が手がけたことでも有名で、原作の色っぽさや妻・郁子の悩ましい美しさをそのままに、見事なカメラワークと音楽で谷崎の世界観を描き出している。元になった小説と大きく異なるのは肝心のラストだ。邪魔になった夫を死に追いやった郁子達を襲う悲劇──そのドンデン返しは、見る者の度肝を抜く。

SMを超えた究極の愛『春琴抄』(2008年)

谷崎文学を彩るのは「耽美主義」「足フェチ」「SM」だが、中でもSM小説の金字塔と謹んでお呼び申し上げたいのが『春琴抄(しゅんきんしょう)』だ。

『春琴抄』は、ワガママだが天性の才能を持つ盲目の三味線奏者・春琴と、その弟子・佐助の献身的な愛を描いた作品。裕福な薬問屋のお嬢様である春琴はその気難しさから身内や使用人達も手を焼いていたが、世話係兼弟子の佐助だけは、どんなにぶたれ蹴られても彼女を一途に慕い続ける。しかし、ある日下心満々で言い寄ってくる他の弟子を手酷く振った春琴は暴漢に襲われ、ふた目と見られぬ顔にされてしまう。

「わての顔を見んといて」と嘆く春琴に、佐助が下した決断は、SMチックな上下関係を超えた純愛を感じさせる。それこそ、『春琴抄』が未だ名作として語り継がれる所以だろう。

2008年に公開された映画『春琴抄』では、春琴役の長澤奈央、そして佐助役の斎藤工が凜とした佇まいを見せてくれる。二人のえもいわれぬ色気に、ノックアウトされる人も多いのではないだろうか。

甘美で背徳的な魅力に満ちた谷崎文学の世界。『神と人との間』では、穂積に譲られて朝子と結婚した添田が、穂積と朝子を不倫関係に陥るようけしかける。親友に嘲られながら、それでもひたむきに朝子を愛する穂積。しかし、ある事件を境に彼の清らかな愛は憎悪へと変貌を遂げる。そんないびつなラブストーリーの中心となる男達を、名バイプレイヤーとして知られる渋川清彦と戸次重幸が熱演するのだから、一見どころか二見三見の価値がある。

(C)「TANIZAKI TRIBUTE」製作委員会

あなたもひと目観れば虜になる、谷崎文学の迷宮を覗いてみてはいかがだろう。

(小泉ちはる@YOSCA)