今から20年前、1本の呪われたビデオテープから始まる死の連鎖を描いた『リング』が劇場公開された。爆発的ヒットを記録したこの作品は、日本映画史に“Jホラー”というジャンルを確立させ、その影響は世界にまで波及。『リング』はいまだJホラーの金字塔として語られ、脚本家であり映画『呪怨』シリーズにも関わった高橋洋はJホラーの巨人として知られている。監督作『霊的ボリシェヴィキ』の公開を控える高橋に、改めて当時の熱狂を振り返ってもらった。

忘れられない劇場大パニック

1998年に公開された『リング』は、瞬く間に興収10億円を突破。それまでマイナー・ジャンルとして扱われていた和製心霊ホラーを一気に表舞台に引き上げた。それを契機に雨後の竹の子の如く和製心霊ホラーは量産され、“Jホラー”という呼び名で広く浸透。特に『リング』人気は根強く、シリーズ化、ハリウッド進出、近年もスピンオフ版やハリウッドリメイクのシリーズ第3弾『ザ・リング/リバース』が製作されるなど、連鎖は続いている。

この息の長い連鎖に驚いているのはほかでもない、脚本を執筆した高橋自身だったりする。「自分としては映画史に名を残す作品になるだろうという自負はあったけれど、それがカルト映画として時間が経ってから注目されるようになるのか、若い観客からリアルタイムの反応として受け入れられるようになるのか、まったくの未知数でした」と当時の心境を明かす。

それが確実な手応えに変わったのは映画公開初日。映画館の異様な光景は今も脳裏に焼き付いている。「上映が終わったトタンに女性客たちが駆け出すようにロビーに飛び出して、いっせいに携帯電話で感想を伝えだした。こんなことが起きたら面白いのに……と思っていたことが自分の目の前で起きたので、最初は信じられませんでした。『リング』はのちにシリーズ化され、監督の中田秀夫さんがハリウッドで『ザ・リング2』を撮りました。そんな成り行きを目の当たりにすると、改めて不思議なことになったなぁと」。当事者にとっては、作品を取り巻くすべての現象が想定外だった。

“たまたま”が生んだ無意識の恐怖

『リング』から生まれた最怖キャラクターの貞子は、バラエティー番組などの影響もあり、今では本編を知らない世代にも浸透するホラー・アイコンになった。「映画公開直後には、シャワーを浴びた女性が髪の毛を顔の前に垂らして恋人を驚かすという“貞子スタイル”が流行ったと聞いたことがあります。貞子というのは、それだけ誰でもやろうとすればできる姿形をしているキャラクターだった。自分たちは誰にでもわかりやすいポピュラーかつ怖い形を無意識のうちに作り上げていたんです」とキャラクターとして人気が出た理由を分析する。

高橋を語るとき、枕詞のようにつくのが“Jホラー”と『リング』だ。「ブーム自体はかなり前ですから、いまだにそう言われるとこそばゆい」と笑いつつ「誰にでも伝わる怖さを、無意識のうちに見いだしてしまった映画が『リング』であり、計算以上のことがたまたま起こって、生みだされた怖さだったと思います。その“たまたま”というものを再びやってみたいけれど、これがとても難しい。意識した瞬間にウソになりますから。この苦悩こそ、作り手が背負わざるを得ない宿命なのかもしれません」。この20年は、自らが生み出した“恐怖”との戦いでもあった。

あるはずのないモノが見える!? 体感型映画

その呪縛を断ち切るかのように、20年という節目に高橋が新たな恐怖として仕掛けるのが2月10日公開の映画『霊的ボリシェヴィキ』(ユーロスペースほか全国順次公開)だ。奇怪なタイトルは、神道霊学研究家・武田崇元氏が1970年代末に提起して以降、ディープ・オカルトの世界でのみ密かに語り継がれた言葉。“霊”と“ロシア革命にまつわる用語”の謎めいた融合に長年惹かれていた高橋は、その意味を「異界のパワーを取り入れて人間が覚醒する霊的革命」と捉えて映像化した。

あの世に触れた経験のある男女が、再び異界の扉を開くべく恐怖譚を語り合う心霊実験に参加していく内容で、観客もその心霊実験に参加しているような体感を与える作りになっている。恐るべきことに、その体感がおかしな方向に観客を誘っているらしい。高橋は「“登場人物の足が蹄になっていた”とか“とあるキャラクターが映り込んでいた”とか、試写で観た人たちから劇中にあるはずのないモノを目にしたという反応が返ってきます。体感型映画と銘打っているので、この現象はまさに自分の期待通りですが」とほくそ笑む。

振り切れたカオスに突き進む感覚

語り部の一人を演じる名脇役・伊藤洋三郎は、高橋の監督作『旧支配者のキャロル』(2011年)に出演したが、『霊的ボリシェヴィキ』製作直前に電車内で偶然にも隣同士になるという“霊的機縁”から再起用。「洋三郎さんは、セリフの力を最大限に活かせる方。年配の方で風格ある演技をしてくれる方は貴重で、本読みの段階で知っている内容をしゃべっているのにその話しぶりに引き込まれて、『これはいける!』と実感しました」と納得のキャスティングをアピール。

盟友・黒沢清監督も「珍しく『これは怖いねぇ』と反応してくれた」そうで、メキシコ・チョルラ映画祭で上映された際には「日本語の長いセリフがどれくらい受け入れられるか、海外では難しいと思ったけれど、上映後は客席がザワついてくれて嬉しかった」と霊的国境越えに喜色満面だ。

映画後半はそれまでに蓄積された心理的恐怖が、一気に爆発したかのような展開を迎える。「霊的革命とは一体何か?その答えを理念ではなく人物の行動で映像として表すと、針が降り切れたようになる。真面目に怖がるのでも客観的に笑うのでもなく、『どうにでもなれ!』とカオスに突き進んでいくような感覚が自分の中にありました」と驚愕のつるべ打ちを約束する。

『リング』から20年経った現在も、高橋の恐怖イマジネーションに衰えはない。「観客は劇中の登場人物たちと同じように語り部の話を聞くという構造になっていますので、観客の皆さんには登場人物たちの恐怖を共有し、何かを感じ、スクリーンの中にあるはずのない何かを目撃してほしい」と劇場公開後の霊的反応を楽しみにしている。なお映画公開に合わせて高橋初の脚本集「地獄は実在する 高橋洋恐怖劇傑作選」も発売。2018年、異界への扉は確実に開かれる。

(取材・文/石井隼人)