文=大谷隆之/Avanti Press

演技者・錦戸亮の説明しがたい持ち味をここまで見事に映しだした映画は、今までなかったのではないか? 吉田大八監督の最新作『羊の木』は、観客にそんな思いを抱かせる“ヒューマン・サスペンス”だ。その不思議な魅力の源をひもとく前に、まずは作品の世界観を簡単に押さえておきたい。

2時間、観客にシビアな問いを突きつけるドラマ

舞台は「魚深」という架空の港町。若者が減って寂れたこの町に、あるとき、6人の新規転入者が相次いで移住してくる。実はこの男女、全員が過去に殺人を犯した元受刑者。過疎対策と刑務所のコスト削減を狙った極秘プロジェクトによって刑期を大幅に短縮され、10年の定住を条件に魚深にやってきたのだった。

事実を知らされているのは、受け入れを命じられた市役所の担当職員の月末一(錦戸亮)と、直属の上司しかいない。かくして平穏な日常に“異物”が紛れ込み、やがて不審な事件が連続して起きる中、主人公は「信じるか、疑うか」というシビアな選択を突き付けられていく――。

『羊の木』 2月3日(土)全国ロードショー
(c)2018『羊の木』製作委員会 (c)山上たつひこ、いがらしみきお/講談社

この設定からもわかるように、本作は「地方都市で平凡に暮らしていた青年が、素性のまるで知れない男女の間でひたすら翻弄される物語」だと言っていい。約2時間、観客は主人公と一緒になって、雲が垂れ込めた魚深の町を右往左往することになる。

そしてその体験を通じて、自分が無意識に抱え込んだ偏見や恐怖とも向き合わざるをえない。「もしあなたが月末の立場なら、元受刑者の隣人たちにどういう態度で接しますか?」。そんな問いを、不断に投げかけてくるドラマ。観る人の心を強く揺さぶり、海外でも高く評価された理由はおそらくそこにあるのだろう(昨年10月の釜山国際映画祭でキム・ジソク賞を受賞)。

吉田大八監督も絶賛! 役者・錦戸亮の「非凡な凡庸さ」

もちろん設定そのものはフィクションだ。だが、ディテールに奇妙な説得力がある。スクリーンを眺めているうちにふと、「日本のどこかでこういう社会実験が行われているかも……」という気がしてくるところが面白い。そして、絶妙なバランスで成り立つリアリティを支えているのが、主演・錦戸亮の徹底した“受けの芝居”だ。

たとえば元受刑者たちと会話するときの、何とも言えない困惑顔。相手に心を開こうとしても、微妙に腰が引けている感じ。親しくなりたいと頭では思いつつ無意識に張ってしまうバリアー。今回『羊の木』で錦戸亮と初タッグを組んだ吉田大八監督は、誰もが身につまされる彼の演技を「非凡な凡庸さ」というユニークな表現で絶賛している。

「あれだけ存在感のある役者たちが揃った中で、ひたすら翻弄される主役を見ていたいと思わせる力は、やっぱり天性のものだと思います。受ければ受けるほど輝くスターというか(笑)。この予測不能な物語の主役にはふさわしいと感じました」(公式インタビューより抜粋)

主人公×「6人+1人」が奏でる、豊穣な演技アンサンブル

『羊の木』 2月3日(土)全国ロードショー
(c)2018『羊の木』製作委員会 (c)山上たつひこ、いがらしみきお/講談社

監督の言葉どおり、脇を固める俳優陣もディープだ。主人公の日常に侵入してくる元殺人者を演じるのは、北村一輝、優香、市川実日子、水澤紳吾、田中泯、松田龍平という日本映画屈指の実力派たち。また木村文乃が、都会から地元に帰郷した月末の同級生として登場する。

サスペンス仕立てのストーリー展開もさることながら、何と言ってもこの「6人+1人×月末」がシーンごとに奏でる豊かな演技のアンサンブルこそが、本作の見どころと言えよう。

『羊の木』 2月3日(土)全国ロードショー
(c)2018『羊の木』製作委員会 (c)山上たつひこ、いがらしみきお/講談社

元殺人犯たちのキャラクターについて、もう少し補足しておこう。釣り船屋の仕事に就く杉山勝志(北村一輝)はいかにもタチの悪そうな男。月末の困惑を見透かしたようにニヤニヤ笑いながら「ここでガマンできるかなぁ、10年も」と呟く。介護センターに勤める太田理江子(優香)は、匂い立つほど色っぽく、全身が隙だらけだ。働き始めるやいなや、デイケアに通う月末の父親と恋仲になってしまう。

清掃員として働きはじめる栗本清美(市川実日子)は、無口で異常なほど几帳面。理髪店の見習いになる福元宏喜(水澤紳吾)は常に何かに怯えているが、酒を飲むと豹変。クリーニング店に就職する大野克美(田中泯)は顔に疵がある老人で、寡黙だが殺気にも似た迫力がある。

宅配便の運転手になる宮腰一郎(松田龍平)だけが天真爛漫で、月末と友だちになろうとするが、月末が秘かに思いを寄せる同級生の石田文(木村文乃)とも急接近することで、物語は大きく動いていく。

『羊の木』 2月3日(土)全国ロードショー
(c)2018『羊の木』製作委員会 (c)山上たつひこ、いがらしみきお/講談社

ミュージシャン錦戸の側面も生きた!? 繊細な“受けの芝居”

物語の序盤。新住民を1人ずつ出迎えることになった月末は、気まずい沈黙を取り繕うように「いいところですよ。人もいいし、魚もうまいです」と何度も繰り返す。だが彼が期待したようなリアクションは、誰からも返ってこない。同じやりとりを重ねるごとに、主人公の表情は微妙に曇っていく。何とも言えないオカシミと不穏さが、同時に立ち上ってくる。

『羊の木』 2月3日(土)全国ロードショー
(c)2018『羊の木』製作委員会 (c)山上たつひこ、いがらしみきお/講談社

大げさな役作りではなく、むしろ共演者の感情に反応し繊細に変化していく“受けの芝居”は、錦戸亮がミュージシャンであることとも関係しているかもしれない。撮影を振り返って、本人も次のように語っている。

「今回の月末は、自分で何かするよりも、相手の行動を受けたお芝居がメインだったので……。例えば僕が“鐘”だとすると、金槌で“ガーン!”と叩かれるときもあれば小っちゃいスティックが“コツン”とぶつかるシーンもある。その力と正確に見合った音を出したいというのは、ずっと考えていました」(公式インタビューより抜粋)

まさに優れた俳優たちの演技アンサンブルが生み出した、繊細で思いがけないケミストリー。ぜひ劇場に足を運んで、その面白さをスクリーンで体感してみてほしい。