文=平辻哲也/Avanti Press

大島渚監督、黒沢清監督、北野武監督ら世界で高い評価を集める巨匠とタッグを組んできたベテラン俳優の藤竜也。河瀨直美監督がエグゼクティブ・プロデューサーを務めた新作『東の狼』(2月3日公開)では、キューバ人の若手監督カルロス・M・キンテラのもと、山深い奈良・東吉野村を舞台に、幻の狼を追い求める老猟師を演じた。キューバ監督との初仕事、巨匠たちの演出術を聞いた。そこで明らかになった巨匠たちの共通点とは?

役になりきる藤竜也流プロファイリング術

同作は、若い頃、世界の海を股にかける漁師だったが、活動を山に移し猟師となったアキラが主人公。かつてのキューバ人の恋人マルシアとの思いを引きずりながら、100年以上前に絶滅したと言われるニホンオオカミを追う。

黒木和雄監督が1969年に、キューバを舞台に日本人漁師アキラと混血の女民兵マルシアの恋を描いた『キューバの恋人』の影響を受けた作品で、劇中にも一場面が使われている。1984年生まれのキューバ人カルロス・M・キンテラが監督し、2016年4月に奈良・東吉野村で撮影。2016年9月の「なら国際映画祭」でプレミア上映され、昨年10月の東京国際映画祭でも上映された。

『東の狼』 2月3日(土)全国順次公開
(C)Nara International Film Festival & Seven Sisters Films

藤は2年前、河瀨からのオファーを受けて、出演を決意。「キューバの若い監督と組むこともなかなかない機会ですし、面白そうだな、と。僕はカストロやキューバ革命には興味があって、本は凝って読んだんですよ。キューバにも行く機会があったもので、懐かしいような嬉しいような感じがしましたね。50数年経った今でも、男は取り憑かれたように、マルシアとの思い出を引きずっている。女性の姿が頭の中で醸造されているのでしょう。それがなんとなく、狼の姿ともダブるような気がして、ロマンを感じました」と話す。

その人物のプロファイル作りをしてから現場に入るというのが、ここ十数年来の習慣という。船乗りのシーンはなかったが、藤は事前に三重にある日本に数カ所しかないという船舶学校に足を運び、漁師の生活も体験した。「プロファイリングは毎回やっています。出来てしまうと、楽なんです。都合のいいように、作るんです。船舶学校は場所を見ただけですけども、ここで育ったのかな、と想像すると、安心するんです。この学校を経て、世界を旅して、最後は奈良に辿りついたんだな、と。暇だから、だんだんマニアックになってくるんですよ」。

キューバ人監督とのコミュニケーションの問題はなかったか? 「ありましたね。(監督の)カルロスとは英語でしたが、彼もあまり得意ではなかったので、辛かったとは思いますね。でも、説明したら身も蓋もないところがあってね。狼にしても鹿にしても、監督にとっては記号のようなもの。説明されたら、興ざめなわけです。それはそれでいいやと思い、あまり気にせず、演じました」。

『東の狼』 2月3日(土)全国順次公開
(C)Nara International Film Festival & Seven Sisters Films

藤演じるアキラは鹿の退治が主な仕事。劇中では、鹿1頭丸ごと解体するシーンもある。ここに映っているのは、俳優・藤竜也ではなく、老猟師・アキラそのものの姿だ。「監督が『やれ』と言うから、やりましたよ。猟師の一人から前もって教わっていたから、その通りに。動物の体の仕組みはだいたい同じだから、案外カンタンにできるんです。恐ろしいですね」。

タッグを組んで見えてきた巨匠たちの共通点
『愛のコリーダ』大島渚監督の場合は?

日活に入社し、1962年に映画『望郷の海』でスクリーンデビュー。今年で芸歴56年目の藤は、数々の巨匠監督と仕事をしてきた。

大島渚監督とは、『愛のコリーダ』(1976年)、『愛の亡霊』(1978年)で組んだ。「僕も36、37で、まだ分からなかったですよ。今でも分からないくらいですが。大島さんは不思議な人です。テレビの討論番組で『バカヤロー!』と言っている大島さんと、現場でのジェントルマンそのものの大島さん。ものすごい落差がありました。ご自身の力でカンヌを切り開いた。臆面もなくプロモーションしていく強さ。すごいなと思いました。現場での端正な演出。各セクションの一流どころをたばねていく。すべて一流好みですよね」。

藤竜也さん 撮影=平辻哲也

阿部定事件を描いた『愛のコリーダ』は本番による性描写が「日本初のハードコア・ポルノ」と大きな話題を呼び、日本では、脚本とスチル写真を掲載した書籍の一部がわいせつ文書図画に当たるとして、裁判化した。「(本番への)抵抗? そりゃ、ありましたけども、それよりも、この切り口でラブストーリーを作っていくというのはどうなんだろう、ということへの興味が大きかった。まして、セックスで愛を語る、とは、ね。これは、ある種、禁じ手ですよ。一回やったら、誰もできない。大島さんは『わいせつがなぜ悪い』と言うわけですよ。その迫力がすごい。僕は出演できて、得をしましたね」。

『ションベン・ライダー』相米慎二監督、
『アカルイミライ』黒沢清監督の場合は?

少年少女が暴力団の抗争に巻き込まれる相米慎二監督の『ションベン・ライダー』(1983年)では、ヤクザ役で主演。映画史に残る冒頭、約8分間にわたる伝説的な長回し撮影も経験した。撮影のたむらまさき(当時の表記は田村正毅)は、3台のクレーンに乗り換えながら撮影。「もう、祭みたいなもんですよ。いちいち緊張していたら、持たない。多少のミスがあっても、なんとかなるだろう、と思っていました。若い俳優たち(永瀬正敏、坂上忍ら)はすごい鍛えられようでしたよ。永瀬君も坂上君も柔軟。大人だったら、耐えられない。僕は面白い監督だなぁと思って見ていました」。

苛立ちを抱える雄二(オダギリジョー)と、工場の先輩でクラゲを愛する守(浅野忠信)、守の父親(藤)の不思議な関係を描く、黒沢清監督の『アカルイミライ』(2003年)も、カンヌ国際映画祭コンペ部門出品作。「黒沢さんは、現場のどこにいるのか分からないんですね。空気を消しているんです。不思議でしたね。それにしても、なんですかね? (劇中に登場する)あのクラゲの意味は? ぜんぜん分からなかったです。監督さんがどんな意図で、ということはあまり気にしないんですけどもね。こっちも気にしすぎると、神経衰弱になってしまうので。それにしても、不思議でした」。

『龍三と七人の子分』北野武監督の場合は?

北野武監督の『龍三と七人の子分』(2015年)はオレオレ詐欺に引っかかった元ヤクザの親分が、詐欺集団に逆襲するというアクション・コメディ。「北野さんもあんまり言わない人ですね。『もっと大きな声で』『バーンとやって』『あまりなにもしないで、そのまま立っていて』とか。現場を仕切るのはチーフ。ご本尊はモニターがある中に入っている。たまに気に入ると、現場に出てきて、『今のは、おかしかった!』と言って、また中に入ってしまうんですよ」。

『東の狼』 2月3日(土)全国順次公開
(C)Nara International Film Festival & Seven Sisters Films

劇中に登場する映画の映画監督を演じた河瀨直美監督の『光』(2017年)では、昨年5月に、4度目のカンヌを経験。「僕はいつも言うんですよ。僕は人の才能で食わせてもらっている、ってね。体を投げ出すだけで、なにもできない」と謙遜する。

世界で注目される巨匠の共通点は? と聞くと、「人間への興味がどれだけ強いか、ということじゃないですかね。どの監督も、細かいことは言わないですね。監督の思った通りのことをやるというのは、ありなんでしょうけども、期待以上だと得したということになる。その、どっちかだと思うんです。ダメなときは、ダメと言いますから。河瀨さんは現場に立ちますが、最近は、モニターを見る監督の方が多いかな。でも、(演じている側としては)どっちでも変わらないです」。

今後も、日中仏合作の『チェン・リャン』(2018年公開)ほか、2作品が公開待機中。今年8月、喜寿を迎える藤。まだまだ違った顔を見せてくれそうだ。