文=平田真人/Avanti Press

正直、血液型が性格に影響をおよぼすとは信じていないが、家族構成――特に兄弟・姉妹の存在は人格形成に大いに関係する、と思っている。もちろん、すべての人がそうだ、なんて言うつもりはない。けれども、同じ家庭に育ったというバックグラウンド(家庭環境によって、これまた必ずしもそうだとは言い切れないが)に加え、“血を分け、同じ遺伝子を持つ”という紛れもない――ある種、宿命づけられた感もある続柄が、無意識に相手を意識することを助長するのではないか、と思わざるを得ないのだ。

特に、弟・妹の立場からすると、兄や姉は手本にも反面教師にもなり得る。一般的に、弟・妹のほうが要領がいいと言われるのは、物心がつくと同時に兄や姉の行動を観察しつつ、何をすれば褒められ、叱られるかを知らず知らず学習するからだそうだが、思い当たる人もいるのではないだろうか?(余談ながら筆者も兄がいるので、何となく自覚がある)

鋭い観察眼によって描かれた兄弟/姉妹喧嘩

そろそろ本題へ入ろう。オリジナルの企画を具現化するのが簡単ではない状況にある昨今、際立つ作家性が認められ、4年ぶりに自身のシナリオを映画化した作り手がいる。

吉田恵輔監督。(※吉は正式には土に口)

『机のなかみ』(2007年)や『純喫茶磯辺』(2008年)、『さんかく』(2010年)など、妄想を暴走させる主人公と周囲の人間模様を、コミカルとシリアスの境界線をたゆたうように描いてきた異能のクリエイターだ。近年は古谷実の意欲作『ヒメアノ〜ル』(2016年)を森田剛主演で実写化。紙一重で混在する正気と狂気を映し出し、ますます評価を高めたことは記憶に新しい。

その吉田監督の新作『犬猿』は、2組の兄弟と姉妹4人をたくみに絡ませ、想いと感情のもつれを絶妙なタッチで綴る異色の群像劇。切っても切れない血縁関係にあり、どことなく意識し合う者たちの間に渦巻く嫉妬や羨望、愛憎を浮き彫りにする一方、他人である相手兄弟/姉妹を対称(かつ対照)的に活写していく。窪田正孝&新井浩文、お笑いコンビ・ニッチェの江上敬子と筧美和子を、それぞれ兄弟と姉妹に据えた意表を突いたキャスティングも話題だが、吉田監督の鋭い観察眼によって描かれた個々のキャラクターの立ち方が、何とも言えない妙味を醸し出している。

とりわけ目を引くのが、姉妹の関係性だ。男兄弟というのはわりと単純なもので、直情的に怒鳴り合ったり取っ組み合ったりすることで“ガス抜き”され、気持ちもフラットになることが往々にしてあるのだが、姉妹となるとやはり話が別。しかも、『犬猿』の幾野姉妹の場合、姉・由利亜(江上)=勤勉で頭の回転が速く、父の介護もしつつ親から受け継いだ会社を切り盛りする器量の持ち主ながらも、容姿に難があるのに対して、妹の真子(筧)=仕事がおぼつかず、お世辞にも知的と言えないながらも、男好きのする蠱惑的な容姿でもって結果オーライな日々をおくっている。

つまり、姉からすれば外見だけで得をしている妹が疎ましく、逆に妹的には容姿を磨く努力を怠っている姉をオンナとして見下している、というわけだ。それだけなら単に価値観の違いで済まされるのだが、やがて1人の男=窪田演じる金山和成をめぐるドロドロに発展することで、剣呑な雰囲気に! 取引先の営業担当である和成の、さわやかな見た目と人当たりの良さにかねてから惹かれていた由利亜の恋心をよそに、いつしか真子が和成と付き合っていたという事実が、姉妹間の確執を深めていく。

“吉田恵輔ワールド”の沼にハマれること請け合い

興味深いのは、嫉妬に燃え狂う由利亜が行動をエスカレートさせていくさまと、自分の欲に忠実な真子ならではの焦燥感が、対比として描かれること。果たしてどちらに感情移入するのか? 自身が姉か妹かにもよるだろうし、性格的に似ているか否かによっても左右されると思われるが、自らに置き換えて観てみると、より“吉田恵輔ワールド”の沼にハマれること請け合いだ。

なお、ストーリーはその後、刑務所帰りで粗暴な金山家の兄・卓司(新井)も意外なカタチで幾野姉妹に絡んできて、なおかつ和成との間でくすぶっていた不和の行く末をたどっていく。親よりも近しく、根っこの部分では理解できるからこそ、互いが似ていることに嫌気がさしてしまうこともあるのが、生理的にわかるのも面白い。喧嘩するほど仲がいい、とはよく言ったものだが、骨肉の争いにまで発展してしまうと取り返しのつかないことになる、という警鐘も踏まえつつ、根深いバトルがどう決着するのか──見届けよう。