文=浦木 巧/Avanti Press

どうしてこんなに“普通じゃない”のに、これほど美しいと感じ、純粋な愛に心を打たれるのか。先日発表された、第90回アカデミー賞のノミネート作品。混戦模様と謳われていたなか、最多13部門でノミネートを果たしたのが、この『シェイプ・オブ・ウォーター』だ。2017年のヴェネチア国際映画祭の最高賞・金獅子賞を受賞したほか、第75回ゴールデングローブ賞で監督賞、作曲賞の2部門を受賞、さらには英国アカデミー賞でも最多12部門にノミネート。文字通り“オスカー最有力候補”の1本だ。

涙が出るほどロマンチックな、モンスター“純愛”映画

描かれるのは、声を失った孤独な中年女性イライザと、遠い秘境から連れてこられた半人半魚の謎の生き物が築く、“種族を超えた愛”。1960年代、冷戦時代のアメリカのとある研究施設を舞台に、危機が迫った“彼”を助けようとするイライザと友人たちの姿がスリリングに描かれる。

一見すると、モンスターが絡むサスペンス映画と見えなくもない。だが、ひとたびその作品世界を目にするとその印象は一変する。水、光、色が鮮やかにコントロールされた映像と、細かい調度品にまでこだわったセット美術は本当に美しく、ハンデを持つ者同士が本質を見つめ合い、愛を育んでいくさまは乙女チックなほどロマンティックで、その純粋なラブ・ストーリーに涙ぐんでしまう人も多いほど。

さすがは少女を主人公に描いた儚く切ないダーク・ファンタジー、『パンズ・ラビリンス』(2006年、アカデミー賞3部門受賞作)を手掛けたギレルモ・デル・トロ監督の作品だけのことはある。

『シェイプ・オブ・ウォーター』のPRで来日したギレルモ・デル・トロ監督(1月30日、都内にて)。
右は『パシフィック・リム』でデル・トロ監督と組んだ菊地凛子
(C)2017 Twentieth Century Fox

モンスターやロボット趣味と、ヨーロッパ的様式美つなぐものとは?

と、ここで、監督の名前を見て「あれ?」と感じた映画好きも多いはず。そうこのデル・トロ監督、あの巨大ロボットVS怪獣を描いた『パシフィック・リム』(2013年)を手掛けたその人でもある。アカデミー賞最多ノミネート作品から、世界中のオタクを喚起させたダイナミックな超大作まで生み出してしまう、その感覚ってなんなの? と驚いてしまうのも当然。だが、彼の中ではまったくブレはない。周りが驚く振れ幅も、本人にとってはごく当たり前のことなのだ。

日本のロボットアニメへのリスペクトにも溢れた『パシフィック・リム』
(c)Warner Bros./Photofest

なぜデル・トロ監督の中で、モンスターやロボット趣味と、ヨーロッパ的な様式美に対する感覚が同居しているのか。それは彼が幼少期に、ドラキュラやフランケンシュタインの怪物など、クラシカルなモンスター映画に心奪われてきたからに他ならない(と当時に、ウルトラマンやマジンガーZにも夢中になっているが)。

映画『フランケンシュタイン』(1931年)など古典的名作関連の小道具や、バルタン星人のフィギュアなど、監督が自身のコレクションを収蔵するために、イギリスの文豪チャールズ・ディケンズの小説から採った「荒涼館(Bleak House)」という名前の別宅を所有していることは有名だが、そこはまさに古典的怪奇映画の雰囲気を醸す、欧州風の邸宅だ。

そうしたゴシック美術へのこだわりは、前作の『クリムゾン・ピーク』(2015年)が出色。“呪われた館”として劇中に登場する、雪深い丘に佇む屋敷の恐ろしくも美しい姿は、見る者に息を呑ませるほどだった。

ゴシック趣味が横溢する『クリムゾン・ピーク』で描かれた“呪われた館”
(c)Universal Pictures/Photofest

美しさ、懐かしさ、温かみを感じさせるアナログ感

『シェイプ・オブ・ウォーター』
3月1日 全国ロードショー
(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

デル・トロ監督は「『シェイプ・オブ・ウォーター』は、これまで自分が手掛けてきた中で最もお気に入りと断言できるほど、特別で私的な思い入れのある作品だ」と語っているが、発端となっているのは、6歳の幼き日に観た映画『大アマゾンの半魚人』(1954年)だという。惹かれ合ったヒロインと半魚人が結ばれることのなかった寂しさはずっとデル・トロ少年の心に影を落とし、彼らのためのハッピーエンドとして手掛けたのが、『シェイプ・オブ・ウォーター』なのだ。

彼のモンスターへの愛は、その経歴からも見てとれる。10代の頃『エクソシスト』に感銘を受けた彼は、同作の特殊メイクを手掛けた巨匠ディック・スミスに手紙を送り、アメリカに渡って彼の下で修行。その後、母国メキシコで造形工房を設立し、映画監督となるまでは、特殊メイク・アーティストとしてキャリアを積んだ。

『パシフィック・リム』も『パンズ・ラビリンス』も『ヘルボーイ』(2004年)も、CGだけに頼らず、必ずモンスターの“実物”を制作するのが彼のやり方。美しさと、どこか懐かしさ、温かみを感じさせる“アナログ感”こそ彼の本領であるのだ。

愛に満ちた優しい眼差しによってデザインされた“彼”

『ヘルボーイ』に登場する青い半魚人、エイブ・サピエン。
演じたダグ・ジョーンズは、今回の『シェイプ・オブ・ウォーター』でも起用されている
(c)Sony Pictures Entertainment/Photofest

数々のモンスターが登場する『ヘルボーイ』は、デル・トロ監督の愛が強くうかがえる作品だが、同作に登場するエイブ・サピエンが半人半魚のキャラクター。演じたダグ・ジョーンズは、今作『シェイプ・オブ・ウォーター』でも再び半人半魚のキャラクターを演じている。“彼”に対する監督の強いこだわりが伝わってくるはずだ。

人間と、人間ではない生き物とのラブ・ストーリーがなぜこれほど人の心をつかむのか。それは、モンスターへの愛に満ちた優しい眼差しによってデザインされた、美しく魅力的な"彼"が登場するからであり、イライザとして役を生きたサリー・ホーキンスの見事な演技があるから。そして、見る者を2時間あまりの物語に浸り切らせてくれる、完成された作品世界があるから。その前では、“アカデミー最有力”という触れ込みは、ただの補助的な情報でしかない。ギレルモ・デル・トロでしか創れない、誰もマネできない独自世界を、ぜひどっぷりと堪能してもらいたい。

『シェイプ・オブ・ウォーター』
3月1日 全国ロードショー
(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation