誕生日の願い事は毎年同じだ。“男になれますように”
僕はNYで育った。ママと祖母と、祖母の女性パートナーの元で。
友達は羨ましがったけど、僕は普通がいい。

映画が始まってすぐ、16歳になった主人公レイのモノローグで、この一風変わった家族の構成が伝えられます。
続く、彼が切実に願う性別適合への第一歩、ホルモン治療についての説明を、祖母・母・子の3世代で受けるシーン。
映画『アバウト・レイ 16歳の決断』は、それぞれに「性」にまつわる問題を抱えた女系3世代家族の物語です。

(c) 2015 Big Beach, LLC. All Rights Reserved.

一昔前まで、性的少数者は家族にこそ本質を明かせないものでした。一般の人がこの設定を聞いてまず思いそうな「待って、お祖母ちゃんがレズビアンなのになんで娘と孫がいるわけ」という疑問の答えは、古い世代の多くの性的少数者は本質を隠して家族を作ってきたから。

ナオミ・ワッツ演じる母が、その母役(主人公の祖母)であるスーザン・サランドンに「自分を異性愛者だと思ってパパと結婚した“過ち”」をツッコむと、彼女はさらりと「異性愛者のふりをしてただけよ」と一言。実際、日本でも年齢が上に行くほど、配偶者がいたり子供がいるゲイやレズビアンも多いんですよね。

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そんなレズビアンおばあちゃんなら、孫娘が本当は息子でありたいと願うことをすんなり受け入れそうなものですが、意外とそうでもない。「あの子は今、生理もある女性なんだし、(女子に好意を持つなら、私と同じ)普通のレズビアンでいいじゃない」と。これまた一般の人も混同していることが多いのですが「自分の性別の問題」と「好きになる性別の問題」は別なんです。

このカン違いは、やはり一昔前、「同性が好き」と自覚した若い男性が「なら自分は女にならなくちゃ」と手術を受けたけど、後になって考えてみたら自分が女になる必要はなかったゲイだった、なんて切ない話をたまにニューハーフさん業界で聞くことにもつながります。

そんな取り返しのつかない決断だからこそ、レイの治療に対して、母たちが戸惑うのも仕方ないこと。

でも、レイは「先延ばしは意味ない。僕はもう男なんだから!」と反発。確かに、十分に情報も仕入れた賢い現代っ子の彼なら、自分の中の想いがどの程度のものか痛いほど分かっているのでしょう。

レイを演じるのは『マレフィセント』のオーロラ姫役でも有名なエル・ファニングですが、彼女は「こういう役はちゃんとやりたい。コミュニティ全体に影響が出るから」と大勢の当事者にアドバイスを受けたそう。その甲斐あって、2丁目などの現場でいろんな当事者さんと触れ合っているアタシから見ても、説得力のある名演技です!(ババア太鼓判)

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街のチンピラに「お前は男・女どっちなんだ。チンコ見せてみな!」と殴られて帰ってきたレイを見て、ようやく「治療は必要なんだ」と母たちも決心するのですが、この時の「あざが!」「何か冷やすもの~!」「冷凍チキンがあったわ」と顔にチキンを乗せるシーンがもう可笑しくて。悲しいトラブルを、愛とユーモアで包む「家族」のパワーを感じさせてくれます。

この後、別れた父親に承諾のサインを求めにいったことから、実は母にも倫理に反する“過ち”があり、そのせいで自分の治療がされないのだ、とレイは半狂乱になって母を責めます。

今の時代、やたら正しい人間であることが求められますけど、ホントはみんな何かしら“過ち”なり傷なりがあるものなんですよね。

祖母の同性愛、母の過去の過ち、子のトランス。それぞれに「普通じゃない性」があり、時に「あんたのそれはどうなのさ」と言い合いながらも、排除断絶するのではなく、本人が望む生き様を尊重し手を差し伸べられる、それこそが家族だろうと、この映画は伝えてくれているんです。

あの星野源様が、昨年「家族」をテーマにした『Family Song』を発表し、「家族って血の繋がりだけじゃない。例えば、両親が同性同士の家族も、これからどんどん増えてくると思う」と語ってくれたのも記憶に新しいところ。(源様ありがとう~!)

今クール始まったドラマ『隣の家族は青く見える』でも、「子供を作る、作らない」などスタイルの違う数世帯の家族のかたちに、同性カップルもくわわっています。

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「こうあるべき」「これが正しい」というルールでお互いに縛り合い、結局多くの人がそこからのズレで悩み苦しみ、罰し合う息苦しい世の中。

血縁がなくとも、性別・年齢・国籍の組み合わせが珍しくても、共に生きて許し合える存在を家族と呼べるなら、そんな家族が増えたほうが、社会に優しさや笑顔が増えるのかもしれませんね。

(文・ブルボンヌ)