2016年にノーベル文学賞を受賞したことも記憶に新しいボブ・ディラン。もはや音楽界に留まらぬ、世界カルチャー史における「生きるレジェンド」と言えるだろう。そんな彼の楽曲が使用された日本映画が、立て続けに2本公開される。いずれもカバーではあるが、ディランならではな歌詞の世界が映画に深い余韻を与え、作品を多様に解釈する鍵になっている。

“死”は終わりじゃない——『羊の木』

1本目は、山上たつひこ・いがらしみきおの漫画を、吉田大八監督が錦戸亮主演で映画化した『羊の木』(2月3日より公開中)。エンディングで流れるのは、「DEATH IS NOT THE END」だ。

この曲は1988年に発表されたアルバム「ダウン・イン・ザ・グルーヴ」に収録されたもの。スタジオ録音としては25作目にあたる同アルバムがリリースされた時期は、ディランのキャリアの中でも低迷期とされているが、この曲は紛れもなく名曲。

『羊の木』では、ニック・ケイヴ・アンド・ザ・バッド・シーズがカバーしたヴァージョンが選ばれている。このカバーはニックの代表作のひとつでもある1996年のアルバム「マーダー・バラッズ」のラストを締めくくっている。マーダーとは殺人者のこと。『羊の木』は、元殺人犯と殺人を描いた映画でもある。

同映画は、かつて殺人を犯した元受刑者6人を秘密裏に受け入れた田舎町を舞台にしたヒューマン・ミステリーだ。町で起きたある事件を巡り、物語はやがて、錦戸扮する市役所職員と松田龍平演じる謎めいた元受刑者との、どこか危うい友情の行方に迫っていく。

映画を観た後に残るのは、一言では言えないような不思議な味わい。そこに「死は終わりじゃない」というディランの言葉が呪文のようにリフレインされることで、このストーリーの“終わりが終わりではない”印象を与える。ニックのアルバム・タイトルも踏まえると、実に意味深長だ。

この曲を選んだ吉田監督は「告白すると、この歌が『希望』と『絶望』のどちらを歌っているか、何度聞いてもわからないのです」とコメントしている。

死は終わりじゃないとすれば、それは「永遠」を意味するのか。それとも「無間地獄」のメタファーなのか。観客ひとりひとりの解釈が試される『羊の木』。そこに寄り添うディランの楽曲の奥深さに、改めて唸らされる。

きみはひとりじゃない——『去年の冬、きみと別れ』

(C)2018映画「去年の冬、きみと別れ」製作委員会

2本目は、芥川賞作家、中村文則の小説を瀧本智行監督が岩田剛典主演で映画化した『去年の冬、きみと別れ』(3月10日より公開)。こちらでは、冒頭からディランの「Make You Feel My Love」が鳴り響く。

1997年リリース、スタジオ録音第30作目にして、グラミー賞最優秀アルバム賞に輝いた「タイム・アウト・オブ・マインド」に収められた同曲。ディラン屈指のラブソングであり、多くのミュージシャンにカバーされている。大御所、ビリー・ジョエルやブライアン・フェリーにもカバーされている「現代のスタンダード・ナンバー」だが、ここではアデルのカバーが用いられている。

きみが辛い時、きみが苦しい時、ぎゅっと抱きしめて、ぬくもりで「ひとりじゃない」と教えてあげる……ディランが紡ぐからこそ説得力豊かに伝わる、胸がゆさぶられる言葉の数々。甘く、エモーショナルなその響きは永遠不滅の輝きを放っている。

先読み不能のミステリーである『去年の冬、きみと別れ』だが、根底に流れているのは、ひとりの男のひとりの女への変わらぬ想いだ。その激しさや切なさを、観客は思ってもみなかったかたちで最後の最後に知ることになる。その感動を彩るのが、ディランのこの名曲なのである。

ミステリー映画とボブ・ディラン。一見ミスマッチに思えるが、洞察力と普遍性に貫かれたソングライターの才能と日本映画の相性は、想像以上の効果を上げている。

(文/相田冬二@アドバンスワークス)