文=新田理恵/Avanti press

香港映画といえばアクション。とくに若い観客には、一部のマニアックな映画ファンが見るジャンルだと思われていそうだ(勘違いであればいいのですが!)。時代劇だったり、警官×マフィアの抗争だったり、アクションでも多少のバリエーションはあるものの、いずれにせよオシャレなイメージで香港映画を見に行く人は滅多にいないと思う。

そんな香港映画が、たまらなくセクシーな時期があった。1990年代に登場した作品のいくつかは、スタイリッシュな映像と俳優たちの匂い立つような色気で、女性を中心に映画ファンを魅了。「香港映画ブーム」を巻き起こした。

そのブームをつくったのは、映画監督ウォン・カーウァイの一連の作品。彼の初期の傑作『欲望の翼』(1990年)が現在デジタルリマスター版でリバイバル上映されている。

稀代のスター、レスリー・チャンの小悪魔的な魅力『欲望の翼』

『欲望の翼』は1960年代の香港を舞台に、男女のすれちがう恋愛模様を描いた群像劇。レスリー・チャン、マギー・チャン、カリーナ・ラウ、アンディ・ラウ、ジャッキー・チュン、トニー・レオンという香港の大スターたちがアンサンブルを織りなす。

レスリー・チャン 『欲望の翼』
2月3日(土) Bunkamuraル・シネマほか全国順次公開
(C)1990 East Asia Films Distribution Limited and eSun.com Limited. All Rights Reserved.

女性を小悪魔と形容することは多いが、主人公ヨディを演じるレスリー・チャンは、まさに小悪魔男子だ。サッカー場の売店で働く初対面の女性にいきなり「夢で会おう」とささやく。ネガティブな意味で鳥肌もののセリフだが、猫のようにしなやかなレスリーが言うと、またたく間に夢のような口説き文句として成立してしまう。

映画の舞台は、亜熱帯の香港から、後半は熱帯のフィリピンに移る。気候のせいか全体を通して水分を含んだ作品で、男も女も、いつもしっとり湿っている。「水も滴る……」とは、『欲望の翼』の美男美女を形容するにふさわしい。

この映画の最大の見どころ(あくまで私見です)はラストにやってくる。何の脈絡もなくトニー・レオン扮する謎の男が登場し、身支度をする過程を1カットで見せる。衣服、装飾品を身につけていく男の一挙手一投足がこれほどにセクシーだとは! と惚れ惚れする名シーン。「身にまとう」男のセクシーをスクリーンに焼き付けたトニー・レオン。だが同監督の『恋する惑星』(1994年)で、今度はまるっと下着姿にされてしまう。

あの頃、白いブリーフがセクシーだった『恋する惑星』

1990年代の日本の香港映画ブームに火を付けたのは、この『恋する惑星』と言ってよいだろう。香港の雑踏、狭小なアパート、雑多な人が行き交うカフェスタンドで出会いや別れが繰り広げられるおとぎ話のようなラブストーリー。この時期、外国人が憧れた「香港」のイメージは、この映画でつくられたものではないだろうか。香港に行くたび、ついロケ地になったヒルサイドエスカレーターに足を運んでしまう香港映画ファンも多いはずだ。

チャウ・カーリン(左)とトニー・レオン 『恋する惑星』 (C)picture alliance / United Archives

そして、この映画を観た全女性が、トニー演じる警官が自宅でくつろぐときの白ランニング&白ブリーフ姿に湧いた。タンクトップではなくランニング、トランクスではなくブリーフである。ちなみに、『欲望の翼』ではレスリーが白ランニング&白トランクス姿を披露しているが、こちらのセクシー加減は「そこそこ」。小悪魔レスリーが下着姿でもたいした衝撃はないのだが、いつも物憂げな表情のトニーの場合、下着姿に「されている」感がただごとではなく、見ているこちらまでちょっとした羞恥心を感じてしまう。『恋する惑星』は、白ブリーフの魅力を女性たちに再発見させた記念碑的作品だった。

子犬のように肩を寄せ合う男二人が愛おしい『ブエノスアイレス』

白ブリーフにこだわって恐縮だが、『ブエノスアイレス』(1997年)では、レスリーとトニーがWで白い下着姿を披露している。やっぱりレスリーは『欲望の翼』と同じくトランクスで、トニーはブリーフ。監督のなかでキャラごとに下着の設定でも決まっているのだろうか。

レスリー・チャンとトニー・レオン『ブエノスアイレス』
(C)picture alliance / United Archives/IFTN

もちろん、この映画の見どころはパンツではない。故郷から遠く離れた地球の裏側のブエノスアイレスで、二人の男が捨てられた子犬のように肩を寄せ合い、愛し合い、感情にまかせてケンカする姿の愛おしさ、アルゼンチンタンゴの情熱的かつ抑制のきいたリズムにのって彼らがダンスをするシーンの切なさ。“ゲイ・ムービー”と一言でくくられがちだが、非常に純度の高いラブストーリーだ。映像もスタイリッシュで、昨年の米アカデミー賞作品賞に輝いた『ムーンライト』は『ブエノスアイレス』に大きな影響を受けており、酷似した構図のシーンがいくつも発見できる。

ナチュラルな少年の色気と、
やっぱり白いブリーフ『メイド・イン・ホンコン/香港製造』

ウォン・カーウァイの映画の撮影は、台本がないことで知られる。即興的な演出で、そのとき、その土地、そこにいる人の息づかい、刹那的な空気を切り取っていく。つまり、舞台が香港なら「香港の匂い」が封じ込められている。そこが大きな魅力だった。

サム・リー 『メイド・イン・ホンコン/香港製造』
3月10日より、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショー
(C)Teamwork Production House Ltd./Nicetop Independent Ltd.

とはいえ、現場に台本がないのはウォン・カーウァイにはじまったことではなく、香港映画ではお馴染みの手法。そんな香港映画が1997年の中国返還によって大きく変わっていく。

ウォン・カーウァイの映画が海外で人気を博した90年代、香港の映画産業自体は衰退が進んでいた。そこで頼みの綱となったのが、中国の資金力だ。返還後は中国との合作映画が増え、多くの監督やスターが中国に進出した。

規制が多い中国との映画づくりは、「即興で」とはいかない。尖った題材やセクシーな描写も検閲にひっかかる恐れがある。物語や登場人物は中国と関係するものが求められ、当たり障りのない時代劇やアクション映画が量産されていくようになる。90年代の香港映画の魅力が、香港社会の空気や人間の欲望を刹那的に切り取った生々しさやセクシーさだったとすれば、返還後の映画からはそれらが消えた。

最後の打ち上げ花火のように、香港の時代の空気を切り取った作品が1997年の『メイド・イン・ホンコン/香港製造』だった。返還から20周年にあたる昨年、香港で4Kレストア・デジタルリマスター版が公開され、3月10日から日本でも見ることができる。

サム・リー 『メイド・イン・ホンコン/香港製造』
3月10日より、YEBISU GARDEN CINEMA、ヒューマントラストシネマ有楽町にてロードショー
(C)Teamwork Production House Ltd./Nicetop Independent Ltd.

舞台は中国返還直後の香港。複雑な家庭環境で育った少年と病を抱える少女の純愛を描くと同時に、社会の変化からこぼれ落ちてしまった人々の不安や抑圧感を浮かび上がらせた。

街を闊歩する主演サム・リーが魅力的だ。スケボーをしているところをフルーツ・チャン監督にスカウトされたという彼には、“メイド・イン・ホンコン”なナチュラルな少年の色気があった。

そうそう、この映画にも白いブリーフが登場する。毎晩夢精に悩まされる主人公が、毎晩素っ裸で白いブリーフを手洗いする。野生のシカのように伸びやかなサム・リーの肢体を見て、引き締まった肉体を引き立てる最もシンプルなアイテム、それが白いブリーフだと気づいた。さらにキャラクターの少年性やピュアネスを引き立てることもできる。トニー・レオンの場合もしかり。ウォン・カーウァイにそんな意図があったかどうかは知らないが。