2月24日より公開の映画『空海-KU-KAI- 美しき王妃の謎』は、夢枕獏の原作を日中共同製作で描く歴史大作だ。『さらば、わが愛/覇王別姫』(1993年)などで知られる世界的巨匠、チェン・カイコーが監督を務め、染谷将太、ホアン・シュアン、阿部寛、チャン・ロンロンら大作と呼ぶにふさわしい日本と中国のスターが出演。そして、作品のスケールをさらに際立たせているのが“セット”だ。なんと、本作のために「都」を実際に作ってしまっているのだ。

CG全盛の現代において、唐の都・長安をあえて建築!?

チェン・カイコー監督は、今回なによりも“本物”にこだわったという。“作れるものは実物を作る”を基本姿勢に、実際にセットを組んで撮影に臨んだのだ。

その決意表明とも言うべき証が、舞台となる唐時代の都である長安のオープンセットを作ってしまったこと。なんと東京ドーム約8個分という広大な土地に、城をはじめとした建物を6年という歳月をかけて建築したのだ。

しかも、通常のセットのような張りぼての建物ではない。その多くが基礎工事から作られた堅牢なもので、外側のみならず内装も監督の指示のもと、きちんと作りこまれている。それを証明するように、空海が密教を授かった青龍寺のセットは、現在では本物の寺として使われているそうだ。

もはや、このセット作りはひとつの都市を整備するような巨大公共事業レベル。それだけの巨大セットであるから、俳優たちは常にバス移動だったとか。とにかくCG全盛の現代において、あえて実際にかつての中国の都を作ってしまうとは恐れ入る。

チェン・カイコー監督はマンパワーを信じている

CGやVFXによる映像が、もはや当たり前に入ってくるのが昨今の映画。巨費を投じてこんなにも巨大なセットを作らなくとも、宮城も昔の街並みもいくらでも再現できる。

例えば本作には、1,000人以上のエキストラを投入した群衆のシーンもあるが、こうした場面も人を使うことなく再現できるし、むしろCGなどの方がスペクタクル感やダイナミック感が出せたりもする。おそらく今回のような古都や群衆のシーンが必要となったら、おおよその作品は“CGによる合成で”との判断に至る。実際、そのほうが効率がいいし予算的にも優しい。

しかし、本作はその判断に至らなかった。非効率で、労力的にも予算的にも大変な、いばらの道を選んだ。なぜ、あえてデジタル画像処理全盛の今の時代に、巨大なセットをわざわざ組み撮影していくオールド・スタイルな作り方を選択したのか? そのほんとうのところはわからない。

ただ、ひとつ察するのは、チェン・カイコー監督が今もまだマンパワーを信じているのではないかということだ。巨大セットを作るのも、群衆のシーンを実際に人を使って撮影するのも、相当な人力が必要となる。

そのマンパワーがひとつになったとき、映画になにかが起きる。人の熱量みたいなものが作品に宿る。映画作りにおいて、マンパワーの重要さをカイコー監督の心の内に見て取るのは、筆者だけだろうか?

“CGじゃなくて、本物なんだ”という驚き

実物にこだわって作られた本作だが、CGを全く使っていないわけではない。場面によってはCGを使用しているところもある。なので、シーンによってはCGを前面に押し出したスペクタクルな映像もある。そうした映像と巨大セットでの映像が遜色なく並ぶところも本作の凄みだ。

CGかと思いきや“これ、本物なんだ”という驚き。始めは気づかないかもしれない。でも、“実際に建てられたものなんだよな”とわかった上で見てみると、きっとその驚きは徐々に増していくに違いない。

通常CGで済ますところを、あえて巨大セットで挑む。本作は、時代を逆行している。ゆえに、こんなスタイルの映画は今後登場しない可能性もある。それを可能にしたのはチェン・カイコー監督の心意気か。みなさんは果たしてどう受け止めるだろうか?

(文/水上賢治@アドバンスワークス)