2月24日から公開される映画『息衝く』が扱う題材は、原発や宗教といった、ネットやSNS上を日常的に騒がすテーマだ。しかし本作は、こうした題材に安易にとびついた作品ではない。実はまだあまり触れられていない地点に立ち、いまの日本の空気を表現した1本となっているのだ。

原発、宗教などの社会問題をテーマに作品を作り続けてきたインディーズ作家

まず、本作で触れなくてはならないのは監督の存在だ。

本作を手掛けた木村文洋監督は、気鋭のインディペンデント映画作家。2008年のデビュー作『へばの』では、核燃料再処理工場のある青森県六ヶ所村を舞台に、工場での仕事に従事する家族の決断を描いている。それはまるで、その後に起きる福島の原発事故を予見しているかのような内容だ。

一方、2012年に発表した『愛のゆくえ(仮)』は、オウム真理教幹部の平田信とその逃亡を助けた女性の実話から着想を得た物語。オウム真理教事件をめぐる裁判で一応の区切りを迎えた現在の方がより深く考えさせられる、宗教団体に言及した内容になっている。

このように木村文洋という作家は、宗教、原発、それを推し進めてきた政治といった事項を常に視野にいれ、日本の現在を一歩先にいってとらえたような作品を発表してきた。そういう意味で彼の作品には、ドキュメンタリー映画のような生々しい日本のリアルが常にある。そして、いまの日本映画界において、ここまで日本社会の今を長きにわたり地道に描き続け、その問題点に言及している映画作家はいないだろう。

日本のリアルを描き続けてきた作家の集大成

迎えた第3作目の『息衝く』は、過去2作と連動したサーガで、これまでの集大成とも言える作品に仕上がっている。木村監督は、東日本大震災以降の日本に肉迫し、鋭い眼差しを注いでいる。主題になっているのは政治、宗教、原発、家族関係、介護、団体。いずれも今ニュースで話題に上ることの多いキーワードばかり。本作が成し遂げているのは、そうした言葉や情報だけでは見えにくい政治や原発問題などの仕組みや、そこに至るプロセスの可視化だ。

本作に登場するのは政権与党の政治団体でもあり、一大新興宗教団体でもある「種子の会」の元で育った二人の男と一人の女性。男のうちの一人は与党議員となり力を手にし、自らが信じる国作りへ邁進しようとする。もう一人の男は逆に政治と宗教団体から身をひき、母の介護を行う普通の暮らしへと生き方を変える。一方、宗教団体から離れ母親となった女性は、現実世界の息苦しさに苦悩する。

そんな三人の姿と関係を通して、本作は、政治や宗教団体についてまわる古くから現存する慣習やシステム、原発などの社会問題の際に生じる人間同士の軋轢や禍根、さらには高齢化および核家族化が進む家族の形の変化までをしっかりと映し出す。そこには間違いなく今の日本の姿が痛烈に見て取れる。日々の忙しさで普段は見過ごしがちだが、ふとした瞬間誰もが感じるような、どこか拭いきれない将来の不安や、生きづらい社会の空気を体感させられるに違いない。

木村監督は「自分にとっての映画作りは、ひとつのドキュメント。自分たちがどんな時代に生きて、どんな社会の中で生きていたのか? そのとき、どんな空気が漂っていたのか? 社会にはどうした問題があって、それに世間はどんな向き合い方をしたのか? 一般の人はどんな生活を送っていたのか? 社会と個の関わりというか、そのときの日本の縮図というか。一市民の目線から感じたその時代の雰囲気や問題意識を、そのまま記録として残したい」と発言している。

もしかすると、『息衝く』で描かれることは、あえて目にしなくてもいい現実かもしれない。しかし、目を逸らすことができない日本の姿が、本作には映し出されている。また、映画はエンターテインメント・ビジネスである一方で、時代を映す鏡。いばらの道とも言える「時代を映す映画作家」であり続けようとする木村監督の気概に、ぜひ注目してほしい。

(文/水上賢治@アドバンスワークス)