文=赤尾美香/Avanti Press

2017年のカンヌ国際映画祭では、56年ぶりに女性が監督賞を受賞した。受賞監督は、名匠フランシス・フォード・コッポラの娘にして『ロスト・イン・トランスレーション』(2003年)でアカデミー賞(脚本賞)受賞経験もあるソフィア・コッポラ、作品は『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』(2月23日全国公開)だ。昨今、欧米のエンタメ業界では、長きにわたる男性優位にようやく「NO」が突きつけられているが、この受賞に光明を見出した人も少なくなかっただろう。ところがこの作品、同じくエンタメ業界に根強く残る白人偏重傾向──いわゆる「ホワイトウォッシュ」を助長するものとして、批判のやり玉にも挙がってしまった。

女性だけの寄宿学校に紛れ込んだ、セクシーな北軍兵士

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
2月23日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

舞台は1864年、南北戦争末期のヴァージニア州の森の中。そこには5人の女学生と2人の女教師が暮らす寄宿学校があった。ある日、女学生エイミー(ウーナ・ローレンス)が、森の中で負傷した敵兵(北軍兵)のマクバニー(コリン・ファレル)を寄宿舎に連れ帰る。幼いマリー(アディソン・リーケ)も、小悪魔的な魅力を湛えた早熟なアリシア(エル・ファニング)も、妙齢の教師エドウィナ(キルスティン・ダンスト)も、さらには厳格な学園長マーサ(ニコール・キッドマン)までもがマクバニーの出現に戸惑いながら惹かれていく。

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
2月23日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

敵軍(南軍)に引き渡されたくないマクバニーは、女性たちにまんべんなく愛想を振りまき、女性たちは「我こそは」の欲望を抑えきれずに愛憎をむき出しにする。マクバニーの快復を祝う食事会を終えた夜、アリシアの部屋を訪れたマクバニー。それを知って逆上するエドウィナ。守るべき秩序が無惨に壊れていく中で、女性たちは何を思うのか。そしてマクバニーの運命は!? “The Beguiled”には“騙された/欺かれた心(人)”という意味がある。誰が誰に騙され、欺かれたのかは映画をご覧いただくとして……。

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
2月23日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

イーストウッド主演の1971年版『白い肌の異常な夜』との違いは?

原作はトーマス・カリナンが1966年に発表した小説“The Beguiled”で、1971年にはドン・シーゲル監督がクリント・イーストウッド主演で映画化している(邦題は『白い肌の異常な夜』)。しかしながらソフィア版は、同作のリメイクではない。これまでのソフィア作品と同じく彼女自身が脚本を手がけた今回の『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』は、『白い肌の異常な夜』と同じ原作に基づいた別の映画として捉えるのがいいだろう。ソフィアの脚本は、南北戦争時代における南部女性の価値観(女性は男性のために美しさを保ち尽くすべき)を意識しながら、あくまでも女性からの視点で書かれている。

そこで話は冒頭に戻る。今回『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』が欧米で非難されているのは、原作にも1971年の『白い肌の異常な夜』にも登場していた寄宿舎で働く黒人メイドが描かれていない点。南北戦争時代の南部を舞台にした話において、この省略は不自然ではないかというのだ。ならばと、筆者も遅ればせながら『白い肌の異常な夜』を観た。

ドン・シーゲル監督、クリント・イーストウッド主演の『白い肌の異常な夜』(1971年)には、原作通り黒人メイドが描かれていた
(c)picture alliance / United Archives/IFTN

たしかに寄宿舎には黒人メイドがいる。しかも、マクバニーは彼女にも甘い言葉をかけるのだが、彼女は動じない。すると今度は、「お前はここで本当に幸せなのか?」という問いかけをして気持ちを揺らす。もちろん彼女は答えないし、学園長のマーサに対してマクバニーの件で苦言を呈すこともする。彼女は寄宿舎の中で唯一、冷静に自分を保っている登場人物であるとも言える。

質のいい薄絹に包まれた世界観こそが持ち味

人種差別を禁じた「公民権法」が1964年に、「投票権法」が1965年に成立したとはいえ、原作が発表された60年代半ばのアメリカにはまだ公然たる黒人差別があり、各地で大きな暴動も起きていた。

『白い肌の異常な夜』が映画化された70年代初頭には多少状況はよくなったものの、白人だけの閉鎖空間に(冷静な観察者的な)黒人メイドを登場させることに大きな意味があったことは想像に難くない。それを踏まえれば今回の『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』に対する非難も致し方ないとは思える。なぜなら2018年の今なお、差別はなくなっていないことを、私たちは知っているからだ。

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
2018年2月23日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

しかし、である。ソフィアが描きたかったのは、特殊な時代の特殊な環境に生きる女性たちの本能や欲望であり、状況に応じて変化していく男女の力関係であり、そこで繰り広げられる心理戦であるはずだ。

再度『白い肌の異常な夜』との比較を持ち出せば、1971年版では重要なファクターのひとつになっている学園長マーサのバックグラウンドも、ソフィアはバッサリ切り捨てている。それが彼女のやり方なのだ。「この作品で黒人メイドのことも描いたら、別の映画になってしまう」と、ソフィアは複数のインタビューで語っているが、そもそも黒人メイドを登場させる気などなかっただろう。

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
2月23日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

これまでのソフィア作品を振り返ってみてほしい。「同世代の女の子が出てくる、ファッションも音楽もオシャレな映画がないことが不満だった」から自分で映画を作りたいと思った彼女である。

『ヴァージン・スーサイズ』(1999年)や『マリー・アントワネット』(2006年)に顕著だった、“ガーリー・カルチャーの旗手”の異名に恥じない、スウィートで女の子らしい感性と美意識。セレブ一家に生まれ育った子女ならではの、柔らかくて質のいい薄絹に包まれたどこか現実離れした世界観こそがソフィアの持ち味ではなかったか。

額縁を当てて壁に飾りたくなるほど、完璧で麗しい構図

本作においても、女性7人が集うシーンでの隙のない構図は、そのまま額縁を当てて壁に飾りたくなるほど完璧で麗しい。そして、完璧であるがゆえに、現実味を帯びないのである。極論するとソフィアにとっては、黒人メイドの有無よりも、女性たちがまとうパステルカラーのドレスのデザインやその色あせ具合の方が重要だったのだ。それがソフィア・コッポラのスタイルであり、作家性なのだから仕方ない。

『The Beguiled/ビガイルド 欲望のめざめ』
2月23日(金)TOHOシネマズ六本木ヒルズほか全国公開
(c)2017 Focus Features LLC. All Rights Reserved.

しかも、これまで手がけたことのないサザン・ゴシック様式のサスペンス・スリラーを彼女のスタイルに落とし込み、ソフィア作品常連のキルスティン・ダンストやエル・ファニングに加え、初タッグとなるニコール・キッドマンやコリン・ファースといった達者なキャストの力を借りてソフィア色に染め上げた才覚と手腕に衰えはない。「次作ではアクション、はたまたホラーに挑戦か?」と、勝手な妄想が膨らんできた。