2月24日から公開される『かぞくへ』は、春本雄二郎監督の長編デビュー映画。まだ無名の新鋭監督が手掛けた作品であり、著名な俳優が出演しているわけではありません。しかし、昨今の日本映画とはひと味違う、世界の人々にも届くであろう強いメッセージを持った力作となっています。

主題は、誰にとっても身近な“家族”

本作が主題に置くのは、移民問題や紛争問題といったグローバルでタイムリーなことでもなければ、貧困や暴力といった人々に訴えかけやすいショッキングなものでもありません。きわめてシンプルに、“家族”がテーマとして、作品の中心に据えられています。

しかし、社会や世界と比べたら、たった数人の集団でしかない“家族”という存在を徹底的に突き詰めることで、本作は普遍性を勝ち得ているのです。世界のどこかで実際に起こっていてもおかしくないストーリー。いわばミニマムな視点で人間を凝視することで、世界の人々の心にも訴えかける物語へと仕上げることに成功しています。

本作に登場するのは、誰もが一度は経験しそうなシチュエーションばかり

本作の主人公は、ボクシングトレーナーの旭。養護施設で育った彼は、同棲中の佳織と結婚が決まり、幸せをつかみかけていました。

ところが、その矢先に自分が紹介した仕事のせいで、養護施設で兄弟のように育ち、無二の親友である洋人を詐欺に遭わせてしまいます。根がまじめな旭は、責任を感じて自分で損害を払おうとし、佳織に結婚式の延期を申し出ます。このことをきっかけに、旭の人生は少しずつ狂っていくのですが、例えば最愛の人が難病にかかったり、犯罪に巻きこまれるといったドラマティックなことが起こるわけではありません。

極端なことを言えば、自分の身の回りで起きる日常の一場面にすぎないエピソードが積み重なっていくだけなのです。しかしそれが、実に見応えあるドラマに仕立て上げられています。その最大の要因は、登場人物の心情を、まるごとこちらにさしだすぐらい的確に描写しているからにほかなりません。

たとえば旭は、結婚資金に手をつけたことを佳織に咎められ、最初は平謝りするしかありません。そして、その金を取り戻そうと朝から深夜まで働くことになりますが、一緒に住んでいながら佳織と顔を合わせる時間さえ失い、心がすれ違っていきます。その悪循環をどうにか好転させようと、旭は彼女の不満を愚痴ひとついわずに受け止め続けます。しかし、働きづめで身も心も疲れ果てたとき、逆切れして彼女につい当たってしまう。さらに結婚式の食事メニューを決める日に、タイミング悪くどうしても外せない約束ができてしまい、自らに起きた試練を憂います。

このように、特に奇をてらった設定ではなく、誰もが人生で一度は経験しそうなシチュエーションを積み重ねながら、旭の感情の変化を実に丹念に描き出していきます。そうすることで、旭の苦悩や苦痛が浮かび上がってくるのです。

登場人物たちの言動のすべてが、人間の本質をついている

本作を見ていると、旭に限らず、劇中に登場する人物たちがさらけだす感情、口に出す言葉、行動のすべてが人間の本質をついているように思えてきます。それぐらいのリアリティが宿っています。

同じシチュエーションに遭遇したことはなくても、誰もが似たような場面を経験し、似たような感情を抱いたことがあると感じられるのではないかと思います。そして、このことは特殊な設定がなくても、人間をしっかりと見つめ描けば、心に響くドラマができることを物語ります。

本作に登場するのは日本人ですが、彼らの心から湧き出てくる感情は国籍など関係ない、その立場におかれた人間そのものの気持ちを代弁している。それゆえこの映画は、世界の人々がみても他人事に思えない気がします。

フランス・ウズール国際アジア映画祭でのNETPAC賞を含む3賞受賞など、小さいながらも海外映画祭で受賞を重ねたのは、そのひとつの証と言っていいでしょう。

“家族”というありきたりなテーマを、世界の人々へも届く物語へと精度を高めた映画『かぞくへ』。世界も注目した本作の魅力を、ぜひ映画館で体感してみてはいかがでしょうか。

(文/水上賢治@アドバンスワークス)