文=平辻哲也/Avanti Press

2015年、パリ行きの特急列車内で無差別テロ事件の犯人に立ち向かった3人の若者の姿を描いたクリント・イーストウッド監督の『15時17分、パリ行き』(3月1日公開)。近年もリアルヒーローを描いた『アメリカン・スナイパー』(2014年)、『ハドソン川の奇跡』(2016年)のメガホンを取った巨匠だが、本作はひと味違う。主人公3人を、事件の当事者自身が演じているのだ。これは、ハリウッド映画史上かつてない試み。今年5月には88歳の誕生日を迎える巨匠だが、その進化はとどまることがない。

本人出演の再現ドラマ
巨匠の手で異次元のリアリティを生み出す

2015年8月21日15時17分、アムステルダム発パリ行きの特急列車「タリス」。17時49分、北フランスとベルギーとの国境を猛スピードで進む中で、554人の乗客全員をターゲットにした無差別テロが起ころうとしていた。

その列車に乗り合わせていたのは、元米空軍上等空兵のスペンサー・ストーン、学生のアンソニー・サドラー、オレゴン州州兵のアレク・スカラトス。シューティングゲームが大好きな幼なじみの3人組である。アレクがアフガニスタン駐留から帰国したことを祝って、ヨーロッパ旅行を楽しんでいる最中だった。

『15時17分、パリ行き』3月1日(木)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(C) 2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

突然、上半身ハダカのイスラム過激派がAK-47を構えて、列車に姿を見せる。すぐにテロリストだと分かったスペンサーは無我夢中で飛びかかり、2人も援軍。犯人の抵抗に遭ったスペンサーは首や手にナイフの切り傷を負ったが、犯人確保に成功した。その勇敢な行動は、全世界にたちまち配信され、賞賛を集めた。

映画では、3人の少年時代の出会いから、事件のてん末までを描く。成人部分は、事件の当事者がすべてを演じた。本人出演の再現ドラマはたまにワイドショーやバラエティで見かけるが、これが巨匠の手にかかると、別次元のクオリティとなる。真実のドラマは、真のヒーローたちが演じることで、異次元のリアリティを生み出した。

『15時17分、パリ行き』3月1日(木)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(C) 2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

市井のリアルヒーローを映画化した近年の3本

『ヒア アフター』(2010年)の公開時、イーストウッド監督にインタビューしたことがある。その時は「あと40本は撮りたいね」と笑いながら話してくれた。さすがにその本数は現実的ではないにしても、その思いは本心なのだろう。2000年代に入ってからは年に2本撮ることもあるハイペース。こんな多作の監督はハリウッドにはいない。しかも、良作を高打率で送り出している。

『15時17分、パリ行き』3月1日(木)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(C) 2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

イーストウッド監督が、実話に目を向けるようになったのは太平洋戦争の激戦地の物語を日米の視点から描いた『父親たちの星条旗』『硫黄島からの手紙』(2006年)からだ。サッカーW杯南ア大会前の2010年には、1995年、南アが初優勝したラグビーW杯を描いた『インビクタス/負けざる者たち』を発表した。さらにはFBI長官の伝記映画『J・エドガー』(2012年)もある。

近年の3本は、すべて市井のリアルヒーローの物語。イラク戦争に4度従軍した名狙撃手の物語『アメリカン・スナイパー』、奇跡的な生還劇として知られる2009年のUSエアウェイズ1549便不時着水事故の真相を描いた『ハドソン川の奇跡』。そして、15年のテロ事件を描く本作。その題材は徐々にアップデートなものになっている。

男らしさとは暴力によって
自分自身を証明することではない

驚くべきは時代を見る目である。当時、「時代感覚はどこで養っているのか?」と聞いた。その答えは「新聞や本。一般的には読書からだ。コンピューターはEメールを送ったこともテキストを打ったこともない。ググったこともないよ」だった。しかし、完全なアナログ人間というわけでもない。私のiPadに目をやると、「私も使っているよ。脚本を読んだり、新聞を読んだりしているんだ」。おそらく、そのスタイルは今も変わらないだろう。

『15時17分、パリ行き』3月1日(木)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(C) 2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

この物語に惹きつけられたのは、主人公たちの2人同様、自身も軍人だったことも一因かもしれない。21歳の時には、乗っていた軍の飛行機が北カリフォルニアの海に墜落する事故に遭い、九死に一生を得るという経験もしている。「人生はギフトだ。人生において、ベストを尽くすべきなんだ。ギフトとして与えられた人生を謳歌すべきなんだ。そして、自分の人生でベストを尽くすべきだ」「男らしい人とは、暴力的な行動や見せかけによって自分自身を証明したりする必要のない人のことだ。壁を殴って穴を開けて回る誰かのことを指すんじゃない」とも話してくれた。

耐えられない仕事もたくさんやった。
だから楽しめる職業に就けた幸運が分かる

これらの言葉は、本作『15時17分、パリ行き』を始め、イーストウッド映画の源流となっている。3人の若者は、死をも覚悟する極限の状況の中で、ギフトとして与えられた人生のすべてを出し切って、一般市民を暴力から守った。これは、テロの時代における、巨匠が出した答えなのだ。それを表現するには、当事者が演じるのが最もリアルである、と。演技未経験者を主演に起用することは、大きな賭けだったが、見事に成功している。その演出力が凄まじい。

『15時17分、パリ行き』3月1日(木)より丸の内ピカデリー、新宿ピカデリーほか全国ロードショー
(C) 2018 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited, RatPac-Dune Entertainment LLC

「映画監督は天職」と語るイーストウッド。若い時は苦労も多かった。木材伐採、トラック運転手、地元のクラブでピアノ弾きのアルバイトなどを経験。やがて、映画俳優としてのポジションを確立し、41歳の時に『恐怖のメロディ』(1971年)で監督デビューした。「耐えられないような仕事もたくさんやった。だから、毎日仕事に行くのが楽しい職業を持てることを幸運なことだと思えるんだ」「いつだって、学ぶことはできる。人生とは学び続けること。そうすれば、長く、幸せに生きることができる」。この言葉通り、巨匠は今も学びを続け、進化の歩みを止めない。