『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』(3月30日公開)で主演を務め、ゴールデングローブ、アカデミーほか数々の賞レースで快進撃を続ける名優ゲイリー・オールドマン。実在の人物を演じ切った演技力が高く評価されていますが、このオールドマン旋風の裏側に、とある日本人のスゴ技があったことをご存じでしょうか。

英首相チャーチルを演技&特殊メイクで完コピ!

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『ウィンストン・チャーチル/ヒトラーから世界を救った男』は、ナチス・ドイツが勢力を拡げる第二次世界大戦下、侵略の危機が迫るイギリスが舞台。チャーチルの首相就任から「ダンケルクの戦い」まで“歴史を変えた27日間”を、和平か徹底抗戦かという難しい判断を迫られた、チャーチルの苦悩や葛藤とともに活写したドラマです。少しくぐもった話し方や、ウィットに富んだチャーチルの人間味まで完コピしたオールドマンの傑出した演技は、さすが名優と言えます。

その名演をビジュアル面で強固に支えていたのが、撮影前、毎回3時間半に及んだという特殊メイクです。シワやたるみ、肌の質感やフワフワした白髪はどこから見ても当時65歳だったチャーチルそのもの。その徹底的な再現ぶりは、顔の形から目の間隔にまで及んだそうです。

また細身のオールドマンが、恰幅の良かったチャーチルに姿を変えるために全身にまで施されたぜい肉のメイクも見事。首元やうなじでたるむ、タプタプとした脂肪はとても作り物とは思えません。そんな一目見ただけではオールドマンと判別できないほどの緻密な特殊メイクが、いま世界から称賛されているのです。

独学で磨いたメイク技術で、本場ハリウッドで大活躍!

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注目すべきは、このメイクを施したのが、現代美術家にして特殊メイクアップアーティストの辻一弘という日本人であることです。

子どもの頃に『スター・ウォーズ』(1977年)を観て特殊効果に憧れた辻。高校生の頃に米ホラー映画雑誌「ファンゴリア」の特集で見た、アカデミー名誉賞も受賞したメイクアップ・アートの巨匠、ディック・スミスが手掛けた“リンカーン大統領”のメイクに衝撃を受けます。このことをきっかけに特殊メイクに興味を持った辻は、手紙を通じてスミスと師弟関係を築きつつ、日本を拠点に独学でメイク技術を磨きました。

そして本場アメリカへの夢を募らせると、1996年に『メン・イン・ブラック』のスタッフとして渡米。以来『グリンチ』(2000年)や、『PLANET OF THE APES 猿の惑星』(2001年)など数々の現場に携わり、『もしも昨日が選べたら』(2006年)、『マッド・ファット・ワイフ』(2007年)では、2年連続でアカデミー賞(メイクアップ賞)にノミネートされるなど大成功を納めます。『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008年)のブラット・ピットのシワだらけの姿に見覚えのある人も少なくないでしょう。こちらも辻が手がけました。

名優からの直接オファーで、映画の世界にカムバック!

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しかし『LOOPER/ルーパー』(2012年)を最後に、現代美術家に転身し、特殊メイクの世界から退いていた辻。そんな彼のもとに本作で、心身ともにチャーチルになる必要性を感じていたオールドマンから直々のラブコールが届きます。当初、辻は現場への復帰に悩んだそうですが、特殊メイクの重要性を理解してくれる実力派俳優からの熱意に応え、5年振りのカムバック。ビジュアル面で作品を大きく支えました。

オールドマンは主演男優賞を受賞したゴールデングローブ賞のスピーチで、「素晴らしいメイクアップに感謝します。あなたの芸術は誰にも真似するができません」と、辻の名前を挙げてその偉業を賞賛。また監督ジョー・ライトも、その完成度の高さから「編集段階で顔にCGを加える必要はなかった」と語るなど、キャスト、スタッフが辻の技術に全幅の信頼を寄せていたことを明かしています。

今年のアカデミー賞(メイクアップ&ヘアスタイリング部門)では、三度目となるノミネートでついに初受賞を果たした辻一弘。名優の演技を陰で支えたその神技マジックを、どうぞ目をこらしてじっくりご覧ください。

(文/足立美由紀・サンクレイオ翼)