文=金原由佳/Avanti Press

今年で90回の節目を迎えるアカデミー賞。昨年のアメリカ映画界は、長年ハリウッドに君臨していたプロデューサー、ハーヴェイ・ワインスタインのセクハラ報道を皮切りに、業界で見て見ぬふりをされていた女優へのハラスメント被害に対して怒りが爆発。当事者たちの告発が相次ぐ「#me too」ムーブメントが沸きおこり、女優たちの強さと復権が目立った1年となった。

その流れがノミネート作品にも反映されたのか、主演女優賞部門には、ヒロインが一念を貫く映画が並んでいる。なかでも最有力候補は『スリー・ビルボード』のフランシス・マクドーマンドと『シェイプ・オブ・ウォーター』のサリー・ホーキンス。この2人の一騎打ちと予想されている。

チャーミングなサリーの笑顔を見ると泣けてくる!

『パディントン2』
配給:キノフィルムズ/木下グループ
(c)2017 STUDIOCANAL S.A.S All Rights Reserved.

さて、サリー・ホーキンス。彼女の名前を聞いて「ああ、あの人ね!」とすぐピンとくる人はどれだけいるだろう? 最近では『パディントン』(2014年)でペルーからロンドンへやってきたあのクマを家族の一員として迎え入れる優しい“ブラウン夫人”でおなじみ。あのスリムで可愛らしい女性だ。

旦那のブラウン氏は異国からきたパディントンを邪魔者扱いし、ことあるごとに厄介払いしようとするが、夫人はパディントンがどんな失敗を犯しても怒らず叱らず、「そんなに大したことじゃない」とドシッと受け止める。パディントン駅で途方に暮れているクマを見つけて声をかける彼女の“ファースト・コンタクト”の笑顔は、見るたびに泣けてくる。その微笑みがいわば、“移民の街”ロンドンの持つ懐の深さを体現しているからだ。

『パディントン2』
配給:キノフィルムズ/木下グループ
(c)2017 STUDIOCANAL S.A.S All Rights Reserved.

そしてこの春、日本では続編『パディントン2』(1月19日公開)に続き、アカデミー賞13部門にノミネートされた『シェイプ・オブ・ウォーター』(3月1日公開)、さらには『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』(3月3日公開)とサリーの出演作が相次いで公開。彼女の魅力を再確認できる“ボーナス・シーズン”を迎えている。一体どこがそんなに魅力的なのか? 順を追って詳しく解説していこう。

美の概念を変える『シェイプ・オブ・ウォーター』のヒロイン像

『シェイプ・オブ・ウォーター』
3月1日 全国ロードショー
(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

『シェイプ・オブ・ウォーター』は、メキシコ生まれスペイン育ちのフィルムメーカー、ギレルモ・デル・トロが、6歳のときに観て夢中になったという『大アマゾンの半魚人』(1954年)をベースにした美しいファンタジーだ。

内向的な子どもだったデル・トロ監督は怪獣映画や、怪奇映画に登場するモンスターに心を寄せて育った。とりわけジュリー・アダムス演じる海洋生物研究所の所長助手ケイと半魚人の関係性に取り付かれ、「自分なら2人が切り裂かれる結末ではなく、ラストは結ばれる物語を作るのに」と思い続け、ついに50代になって実現した。

同時に彼はジャン・コクトー監督の名作『美女と野獣』(1946年)を換骨奪胎しようと思いつく。野獣に心を寄せ、野獣の心を惹き付けるのはなぜ、美女でなければならないのか? ヒロインは「心は美しいのに誰にも気付いてもらえない」女性で、でもだからこそ「野獣だけにはそれが見える」というストーリーであるはずなのに。

『シェイプ・オブ・ウォーター』
3月1日 全国ロードショー
(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

そんなデル・トロ監督が、脚本段階から「彼女しかいない」とアテ書きしたのがサリー・ホーキンスだった。彼はBBC製作のドラマ「荊の城」(2005年)に主演した彼女の演技に惚れ込み、今回の起用について「ファースト・チョイスではない、オンリー・チョイスだった」とまで言い切っている。だが配給のフォックス・サーチライト・ピクチャーズは主演女優のキャスティングについて地味ではないかと反対。デル・トロは製作費の半分を自腹で出すという選択をしてまで、サリーの主役に賭けている。

言葉を発せないヒロインの感情をタップや手話で見事に表現

『シェイプ・オブ・ウォーター』の時代設定は1962年のアメリカ、ボルチモア。サリー演じるヒロインのイライザは幼少期の出来事から声を発することができず、手話で会話をする女性だ。

彼女は古い映画館の上階にあるアパートに1人で住んでいて、フレッド・アステアなどのミュージカル映画を観ては、踊るのが大好きだ。仕事は政府の研究機関の清掃員。職員が帰宅した後で黙々と作業に勤しむが、ある夜、大きな水槽に閉じ込められた“彼”と出会う。それはアマゾンから連れてこられた不思議な生き物であった……。

『シェイプ・オブ・ウォーター』
3月1日 全国ロードショー
(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

このイライザという女性を演じるため、サリーは1960年当時の手話を覚え、劇中で披露するダンスやタップも習得した。言葉を発せない彼女の感情は、手話やダンスを通して表されるからだ。

“彼”に魅入られたイライザは、夜中こっそり自宅から持参したゆで卵を食べさせ、好きな音楽をかけて監禁された“彼”の緊張をほどいていく。そしてコミュニケーションが取れるようになるにつれて、それまで淡々と日々を送っていた彼女の顔に、豊かな表情が生まれていく。

『シェイプ・オブ・ウォーター』
3月1日 全国ロードショー
(C) 2017 Twentieth Century Fox Film Corporation

時代は米ソ冷戦下。やがてイライザは、敵を出し抜く研究材料に使われている“彼”を救う決意をする。その際、助けを求めた隣人の画家ジャイルズ(リチャード・ジェーキンス)に諦めるよう説得された彼女が、ドンと壁を強く打ち、手話で抗議する。ここではサリー・ホーキンスの一挙手一投足がイライザの感情となって豊かに流れ出す。そして観客は、後半はただただヒロインの恋の強さと変貌に見とれるしかない。

『しあわせの絵の具』では、偏屈な男を変貌させる女性を好演

『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』
2018年3月3日(土)新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、東劇ほか全国ロードショー
(c)2016 Small Shack Productions Inc. / Painted House Films Inc. / Parallel Films (Maudie) Ltd.

一方『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』は、カナダでは知らない人がいないほど有名な画家、モード・ルイス(1903〜1970)の半生を描いた作品だ。子どもの頃から関節リウマチを患うモードは、30代で相次ぎ両親を亡くすが、兄や叔母が障害を持つ彼女の世話を嫌がったため自立して暮らそうと決意。町から離れた海沿いの一軒家で魚の行商を営むエベレットが家政婦を募集していることを知り、水道もガスも電気もない小さな家に住み込んで働くことになる。

孤児院で育ち、幼い時から身を粉にして働いてきたエベレットは、町の人々からは異端視され、文字が読めないゆえの差別も受けていた。そんな彼が、障害を持つモードをさらに見下し、自分の権威を見せつけるため当初は暴力すら振るう。しかし、そんな彼の虚勢を見抜いたモードは、その本質を理解し、徐々に理解しあって、やがては夫婦となっていくのだ。偏屈なエベレットを演じているのは、イーサン・ホークだ。

ハリウッドの美の概念も変える“クシャクシャ笑顔”の41歳

『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』
2018年3月3日(土)新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、東劇ほか全国ロードショー
(c)2016 Small Shack Productions Inc. / Painted House Films Inc. / Parallel Films (Maudie) Ltd.

サリーはこの役を演じるために「素朴画」の教室に通い、モードの絵のタッチを徹底的に学んだという。父は作家、母は児童文学書の挿絵画家、兄もウェブデザイナーでイラストレーターという芸術家一家に生まれたサリーだが、逆にその環境から絵筆を持つことを避けてきたそうだ。

そんな彼女が、『パディントン』シリーズでは児童文学書の挿絵画家に扮しているのは奇妙な巡り合わせだが、本作では画家の演技に加え、リウマチにより手の変形が徐々にひどくなる、加齢の変化も表現しなければならなかった。そのためサリーはヨガを習い、体の筋肉の動かし方を徹底に習得して本作に挑んでいる。

『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』
2018年3月3日(土)新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、東劇ほか全国ロードショー
(c)2016 Small Shack Productions Inc. / Painted House Films Inc. / Parallel Films (Maudie) Ltd.

当初はモードに偏見を持っていたエベレットが、彼女の絵の世界に惹かれ、変わっていく様子も見ものだが、一緒に時間を過ごすことで情がわき、なし崩し的に男女の関係にもっていこうとするエベレットに対して、モードが「ちゃんとけじめをつけて結婚してほしい」と淡々と説くシーンも印象的だ。

『シェイプ・オブ・ウォーター』でもそうだったが、外見こそ少女っぽいが、そこに女としての生理や性欲をきちんと、嫌みなく表現できるのがサリーの強み。彼女が演じる役は、ちゃんと生きている女性に見える。

振り返ってみれば、ウディ・アレン監督『ブルージャスミン』(2013年)もそう。容姿抜群であるはずの主人公(ケイト・ブランシェット)が、物語が進むにつれどんどん醜く見えてくるのは、サリー演じる義妹の飾らぬ人間性があってこそだった。また『パディントン』でニコール・キッドマン演じる美魔女が、恐ろしいマッドサイエンティストぶりを発揮できたのも、サリー演じるブラウン夫人のクシャッとした微笑があるからこそ。クールビューティがもてはやされた時代から一転。どんな他者もすんなりと受け入れてしまう女性像を演じる彼女は、多様性の象徴とも言え、今やハリウッドの美の概念すら変えようとしている。

41歳にして主演映画が次々と世界中で大ヒットを記録中のサリー・ホーキンス。彼女から学べる愛されるヒロイン像は、たくさんある。

『しあわせの絵の具 愛を描く人 モード・ルイス』
2018年3月3日(土)新宿ピカデリー、Bunkamuraル・シネマ、東劇ほか全国ロードショー
(c)2016 Small Shack Productions Inc. / Painted House Films Inc. / Parallel Films (Maudie) Ltd.