「自己の運命を担う勇気を持つ者のみが英雄である。」とはドイツの作家ヘルマン・ヘッセの名言です。これまで、不屈の勇気で偉業を成し遂げた英雄たちを題材とした映画は、数多く作られてきました。87歳にして、今なお現役バリバリの名匠クリント・イーストウッド監督も、『15時17分、パリ行き』(3月1日公開)で英雄を扱っていますが、その撮影方法が驚くべきものなんです。

パリ行き列車テロを当事者&同場所で完全再現!

2015年8月21日、アムステルダムからパリに向かう高速列車タリスの乗務員と乗客554名は、自動小銃を持ったイスラム過激派から襲撃テロを受けます。止めようとした男性客が傷つき倒れる中、旅行をしていたアメリカ人青年3人が自らの危険を顧みず決死の抗戦。乗り合わせた旅行者たちと協力して、見事テロ犯を取り押さえた奇跡のニュースは、世界中に驚きと感動を与えました。

瞬く間にヒーローとなったアメリカ人青年アンソニー、アレク、スペンサーと直接会う機会があったイーストウッド監督は、彼らがこのタフな体験を書籍化しようとしていることを聞くと、すぐさま映画化権を獲得。そして前代未聞の試みとして、演技経験など全くない当事者たちに出演をオファーしました。

(C)2018 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC., VILLAGE ROADSHOW FILMS (BVI) LIMITED AND RATPAC-DUNE ENTERTAINMENT INC.

主人公である3人はもちろん、テロリストを捕縛したイギリス人や、銃で撃たれ瀕死の重傷を負ったアメリカ人教師など、列車に乗り合わせ、恐怖の体験を共有した乗客たちが多数出演。撮影もセットではなく実際の事件現場となった高速列車タリルで敢行しました。さらには、照明など通常の撮影ツールは一切使用せず、あくまでも人工的な脚色を排除し、出来る限り事件当時の状況に近づけて撮影するという徹底ぶりをイーストウッド監督は発揮しています。

これら究極のリアルを追い求めた結果、映画は全編を通して、まるで彼らと共に追体験しているかのような臨場感に満ちあふれ、当事者が演じているからこその嘘偽りのない恐怖や緊迫感がダイレクトに伝わってきます。そんな心をわしづかみにされてしまう鮮烈な映像に息を飲みつつも、心を1つにして大惨事を回避した乗客の勇気には、誰しも胸を熱くすることでしょう。

イーストウットがこれまで描いた英雄たちが告げるメッセージ

本作だけでなく、イーストウッド監督は、これまでさまざまな実在の英雄をスクリーンに刻み付けてきました。アカデミー賞6部門にノミネートされた大ヒット作『アメリカン・スナイパー』(2014年)では、イラク戦争において米国史上最多となる160名以上を狙撃した伝説の狙撃手クリス・カイルを活写。戦場での彼の偉業を描く一方で、PTSDに蝕まれていくカイルと家族との溝といった、戦争が彼に与えた深刻なダメージも描写し、平和への祈りを込めました。

また、米国で起きた航空機事故のその後を追った『ハドソン川の奇跡』(2016年)では、制御不能の飛行機をハドソン川に無事不時着させ、乗客155名を救った機長の手記を映画化。国民的英雄であるはずの機長が、国家安全委員会から不時着の必要性を疑問視され、厳しく追及されていく様を描きました。機長の判断が正しかったのか、間違っていたのか……。その結末からは、“奇跡”は偶然ではなく豊富な経験でつかみ取った必然だったというメッセージが伝わってきます。

そして最新作『15時17分、パリ行き』では、自称“のけ者”だった青年3人が、とっさの判断で驚くべき偉業を成し遂げた姿を前代未聞のリアリティで描写。突然ヒーローになった普通の人々の活躍を通じて「人は誰しも大きな目的に向かって、人生を導かれている」と力強く私たちの背中を押してくれるのです。

人生のリアルに注目し、知られざる真実を浮き彫りにしてきたイーストウッド監督。87歳と高齢ながら、製作への情熱を失うことなく挑戦し、メッセージを伝え続ける彼もまた、映画界の“英雄”なのでしょう。

(文/足立美由紀・サンクレイオ翼)