1970年から80年代にかけて『ウィークエンド・スーパー』『写真時代』といった伝説のサブカル&エロ雑誌の編集長を務めた末井昭。そんな彼の破天荒な半生を綴った自伝的エッセイ『素敵なダイナマイトスキャンダル』(1982年発売)が映画化され、3月17日より公開となる。本作には、末井の母親の富子(尾野真千子)、妻の牧子(前田敦子)、愛人の笛子(三浦透子)という3人の女性が登場する。彼女たちは、末井の人生にどのような影響を与えたのだろうか。

生を性への欲求に求めた母親、富子とのDNA的な繋がり

ダイナマイトスキャンダル 尾野真千子

(C)2018「素敵なダイナマイトスキャンダル」製作委員会

物語は、末井を少年期から追う。まず彼の人生を決定付けるのが、7歳で母親の富子が隣家の若い男とダイナマイト心中で亡くなったことだ。劇中で末井も「母はダイナマイトで吹き飛び、(周りに対するインパクトの大きさによって)自分をこの村からも吹き飛ばしてくれた」と語る。

富子は肺結核を患って周りからも疎まれ、自暴自棄な状態になっていた。そんな富子を、尾野は官能的に演じ、乱れた髪と着崩した着物姿で村を歩く姿だけでも、捨て鉢な妖艶さがスクリーンから匂い立つようだ。

そして富子は隣家の若い男を家に招き入れ、濃密な秘め事にふける。着物がはだけ、露わになる太もも。男は富子の魔性の妖しさに溺れる。そんな男に対し、富子の表情からは、生への絶望を刹那の快楽で埋め、背徳感の中に自分が生きていることを実感しようといった思いが見て取れる。

作中、末井も「自分は情念を表現したい」と語り、全身にペンキを塗って路上を転がるパフォーマンスを行ったり、猥褻写真で性に対する読者の欲望を駆り立てたりすることになる。そんな中、母親と若い男との肉感的な交わりのシーンは、劇中の要所でインサート。末井の求める情念の根幹に、母親が生の実感を性に求めたのと同様、DNA的な繋がりがあることを思わせる。

日々の暮らしで繋がる妻、牧子

ダイナマイトスキャンダル 前田敦子

(C)2018「素敵なダイナマイトスキャンダル」製作委員会

一方、末井が下宿先で出会うのが、後に妻となる牧子だ。

まず末井との出会いのシーン。どこかで人に対して予防線を張っている彼に対し、牧子は屈託なく末井の心の内側に入っていくが、そのチャーミングな笑顔には、こちらもハッとさせられるものがある。

だが、その清純さも、妻となり末井が成功していくにつれ、変化していく。生活を守るための強さに取って代わり、末井に対してもちょっとやそっとでは動じないようになっていくのだ。

そんな牧子を、前田は淡々と演じる。金銭感覚が危うくなった末井に「私がパートに出る必要はないの?」などと感情的になるシーンでは、雑誌を取ったら何も残らない末井を持て余している気持ちが露わに。そこには初登場時の初々しさや、やりたかったことを少しずつ形にしていく夫を穏やかに見守った若き日の姿はない。そして末井にとっては家族でありながらも、情念で繋がっていた親子に対し、日々の生活で繋がる夫婦の関係性を印象づける。

生を末井との関係に求めた愛人、笛子

ダイナマイトスキャンダル 三浦透子

(C)2018「素敵なダイナマイトスキャンダル」製作委員会

最後は笛子。末井が一方的に夢中になり、後に愛人となる第三の女だ。彼女は自由奔放で、何人もと付き合っていそうな雰囲気がまた男心をくすぐる。最初こそ末井を煙に巻いたりつれなくしたりしていたが、逆に末井も絶対に落としてやると闘争心を掻き立てられる。もちろんそうした思いには、雑誌で時代を作っている自分がこの女ぐらい落とせないでどうするといった自惚れも少なからずあったはずだ。

その後2人は関係を持つことに。すると笛子は捉えどころのなさの奥に、一途な顔があることを見せ、それが末井を苦しめることになる。三浦は、ミステリアスな表の表情と末井と付き合ったことで暴走していく内面とのギャップを好演。笛子が、装うことで自分を守り、微妙な精神バランスで生きてきたことを感じさせる。特に、生を末井との心の繋がりに求める切迫した表情が情念的だ。

自ら情念を求め、そこから逃れられなかったのが、この映画での末井だ。もちろん彼にとって富子の存在が大きいことは言うまでもない。そして夫婦として性格的なバランスの取れる牧子と出会わなければ富子同様、破滅的な最後を迎えていたことも考えられる。さらには、牧子との現実の生活があったからこそ刺激的な笛子に心を突き動かされたことも想像に難くない。とかく富子の存在にスポットライトが当たりがちだが、末井の人生を揺さぶった3人の女性たち、それぞれの魅力を『素敵なダイナマイトスキャンダル』で感じてほしい。

(文/兒玉常利@アドバンスワークス)