文=木俣冬/Avanti Press

「カルテット」(2017年)でドラマ好きの心を鷲掴みにした坂元裕二脚本、朝ドラ100作目「夏空−なつぞら−」(2019 年)のヒロインに抜擢された広瀬すず主演という豪華な布陣で、始まる前から注目されていたドラマ「anone」(日本テレビ水曜よる10時)。これが極めてユニークなドラマなのだ。

ふつうなら、医療もの、ミステリー、コメディ、ラブストーリー……などとジャンル分けできるところ、「anone」はそれができない。6話(2月14日放送)まで来た時点でなんとか表現することを試みるなら、クライム・サスペンスの要素も混ざった手の込んだヒューマン・ドラマといったところか。

世界をひっくり返すチャンスを掴んだ
社会の底辺にいると感じる人々の物語

天涯孤独な少女ハリカ(広瀬)が、彼女と同じように孤独な人々(田中裕子、小林聡美、阿部サダヲ)と出会い、疑似家族のようなものを形成していくうちに、偽札づくりに巻き込まれる。

「anone」第6話より 日本テレビ水曜よる10時放送

疑似家族たちに出会う前、たったひとりの話し相手でいてくれた彦星(清水尋也)の大病を治すためにハリカはお金が必要だった。そのため犯罪とは知りながら濡れ手で粟の偽札づくりに興味をもつ。だが、ハリカに対して母親のような気持ちを抱き始めた亜乃音(田中裕子)は彼女が巻き込まれることを心配する。

帰る家がない。家族がいない。ちゃんとした仕事がなかなか得られない。搾取ばかりされる。そんな社会の底辺にいる人間たちが、世界をひっくり返すことができるチャンスを目の前にして葛藤する物語は、2月28日放送の7話以降、まだまだ大きく化ける可能性を秘めている。

それもこれも1~6話まで、登場人物たちの生き辛さと救済を求める心が丁寧に繊細に描かれてきたからこそ。しかも、手を変え、品を変え、毎回違ったテイストで描く贅沢さだ。

1話は、ハリカの意外な生い立ちを紐解く自分探し系ミステリーのような風情があった。3話は、阿部サダヲ扮するフランチャイズのカレー店経営者と彼を騙してお金を巻き上げようとする男とのハードボイルド。

「anone」第3話より 日本テレビ水曜よる10時放送

4話は小林聡美扮する元商社勤務の女性が亡くなった自分の娘の幽霊を見ているという寓話的な話。

「anone」第4話より 日本テレビ水曜よる10時放送

5話は、訪ねて来た弁護士(火野正平)の前で、主人公たちが家族芝居を繰り広げるシチュエーションコメディふう。

 腕の確かなシェフが作り出す日替わりの本格料理

「anone」の凝りようは、レストランで言ったら、フレンチでも中華でも日本食でもなく、限定されず、メニューもないが、日替わりでいろいろな料理が出てくる店。でもシェフの腕は確かで、何をつくっても、どこか変わらない芯になるものがあって、愛されている。

そして、この店の最大の特徴は、できれば、食事中はスマホを手にせず、じっくり味わってくださいという、まるで頑固オヤジの店みたいなところである。

「anone」第5話より 日本テレビ水曜よる10時放送

実際、「anone」はながら見していると、大事なところを見逃してしまう。例えば、5話で登場人物たちがいっしょにとんかつを食べるとき、テーブルに中濃ソースともうひとつ調味料があって、それはウスターソースで、俳優はそれぞれどちらかを選んでいたと、雑誌「TV Bros.」の俳優インタビューに書いてあった。そんなことは見ていてたってなかなか想像できないが、見ていれば想像できる余地が用意されているのだ。いまや、テレビドラマの人気は、Twitterのつぶやき数などが欠かせず、実際、「カルテット」はTwitterで火がついたし、作り手が裏ネタなどの情報を発信したり、TweetをRetweetしたり「いいね」したりとユーザーサービスするケースも増えている。にもかかわらず、「anone」の次屋尚プロデューサーは、スマホ片手にながら見しないでじっくりドラマを観てほしいと語るのだ。

じっくり観て、読み解きたいと思わせる仕掛け

以前、わたしは、別の作品で作り手が「Twitterで名セリフや名場面についてつぶやいている間に、大事な俳優の表情や演出を見逃しているおそれがある」というぼやきを聞いたことがあり、それもそうだと、オンエア中にはつぶやかず、ドラマに集中するようにしているが、とりわけ「anone」はそうせざるをえない。

「anone」第5話より 日本テレビ水曜よる10時放送

広瀬すずの憂いある表情、田中裕子から滲み出る慈愛や業、瑛太演じる偽札造りの首謀者の二重生活のワケ、小林聡美と阿部サダヲの間合い、印刷工場の汚れに見える時間の堆積、街の風景、地面に映る白い風力発電の羽の大きな影……とじっくり観て、読み解きたいところがたくさんあるからだ。

病気で入院している彦星は6話までほとんど顔が出てこず、声ばかりにもかかわらず、たまに、遠くから病院の窓の向こうに小さく見える彼のことが気になって、じっと目を凝らしてしまう。

「anone」第2話より 日本テレビ水曜よる10時放送

ものすごく美味しいお料理に出会ったとき、インスタ撮影することを忘れてたいらげてしまった経験は誰もがあるだろう。ほかのことをしていても、手を止めて、自然とドラマに引き込まれる。そんなドラマの圧倒的な力を感じるドラマが「anone」。そして、今日もまた「あのね……こんな面白いドラマを観たよ」と誰かに教えたくなるのだ。そういうときはSNSを大いに使っていいと思う。