文=松本典子/Avanti Press

第70回カンヌ国際映画祭で最高賞となるパルムドールを受賞した『ザ・スクエア 思いやりの聖域』が4月28日に公開されます。監督は、前作の『フレンチアルプスで起きたこと』でも第67回カンヌ国際映画祭の「ある視点」部門で審査員賞を受賞したリューベン・オストルンド。前作に見られた、社会的になかなかイケてる男が、あるきっかけからみっともないほころびを覗かせていくという観たくないようで気になるストーリー運びと風刺性は、本作でもシチュエーションを変えて健在です。

“思いやりの聖域”の外側で起こる悲喜劇

『ザ・スクエア 思いやりの聖域』の主人公クリスティアンは、現代美術館でキュレーターを務める、いわゆるイケメン。コンテンポラリーアートが映えるアパートに住み、愛車はテスラ。適度に女好きで、バツイチながらふたりの愛娘との時間も大切にする。本作のタイトルにもある「ザ・スクエア」とは、お気楽モダン系インテリエリートである彼が、次の展覧会で展示することにした作品の名前です。

地面に描かれた正方形の中は「すべての人が平等の権利を持ち、公平に扱われる」ことが期待されている。この枠内で助けを求められたならば、居合わせた者には助ける義務がある。人道的空間としての“思いやりの聖域”を鑑賞者の参加によって成立させようとするコンテンポラリーアートなのですが、小難しい(とされがちな)現代美術の解釈云々がこの映画のテーマではありません(念のため)。

「ザ・スクエア」という現代美術作品を脇にして繰り広げられるエピソードの数々は、致死量未満の毒と苦味がパラパラと振りかけられた喜劇とでもいいましょうか。クスッと笑った次の瞬間には、じんわり手のひらに汗かきそうな、“他人ごとでは無い”感に翻弄されたい方にうってつけなのです。

前作『フレンチアルプスで起きたこと』の主人公は、スキーリゾートで家族サービスに勤しむ愛すべきセレブリティ・パパ。しかし、不意の雪崩れで妻子を放って我先に逃げてしまい、軽蔑の眼差しを受けながらますますカッコ悪いことに。オストルンド監督は、そんな男の一部始終を軽妙かつ緻密に描写してファンを増やしました。トホホだなぁと苦笑いさせる一方で、一歩間違えば我がごとかもと背筋をゾゾッともさせる。そのバランスが絶妙だったわけですが、今回もザワつきをますます掻き立てながら楽しませてくれるのです。あぁ、お人が悪いこと!

あなたならどうする? の連続
正解が見つからないからこそ興味が尽きない!

クスクス笑い連発だけの1本であれば、本作がパルムドールを獲得するには至らなかったかもしれません(無論、選ばれればいいってわけでもありませんが)。オストルンド監督は、正方形の内側に“思いやり”を設定することで、外側に広がる大海、つまり現実社会にはいかに大量かつ多様な不寛容や無関心が漂っているか、信頼や責任といったものが足りていないかを軽やかに映し出していくのです。

それらは劇中の様々なシーンで問いかけるように描かれます。例えば、街中で人助けをしたつもりが、実は財布と携帯電話をすられていたクリスティアン。彼はどのようにしてそれらを取り戻そうと図るのか? そして財布と携帯電話を取り戻すなかで、「犯人扱いされた! 謝れ!」とブチ切れて迫る少年が登場。彼にどう対処するか? そんな様子を目撃しながら、自分ならば? との思考にも至ることでしょう。

さらに、クリスティアンの美術館で開催されるトークイベントでは、客席から「オッパイ見せろ!」などというヤジを飛ばす男性の声が。穏便な態度で注意されても口を閉ざさない。あなたならどうするか? 展覧会のオープニング・ガラでは、猿になりきった役者によるパフォーマンスが場を盛り上げる。が、昂(たかぶ)りのあまり彼の振る舞いは演技を超え、ゲストに危害を与え出す。あなたならどうするか?

……驚くべきことに、そのほとんどについて「こうするに決まってるじゃん!」と言い切れない自分がいるのです。これらの設定と描写の巧みさこそが、オストルンド監督の才能だと言わずにはおれません。

この戸惑いに揺さぶられつつ、気づけば“思いやり”について考えてしまっている……これ、クリスティアンの七転八倒ストーリーを味わった上での大切にしたい副産物です。正解など容易に出せるものではないでしょうが、寛容への確かな一歩にはなりうるかと。自然に踏み出したくなるはずで、さすれば本作自体がインスタレーション的? という読みもできそうです。