文=ロサンゼルス在住ライター 町田雪

多様なメッセージと幅広いジャンルの作品がしのぎを削った第90回アカデミー賞。作品賞と監督賞は、声を失くした研究施設の清掃員女性と、自由を奪われたクリーチャーのロマンスを描いた『シェイプ・オブ・ウォーター』に贈られた。多様性を求めるムーブメントの真っただ中で、“声なき声”に耳を傾け始めている米映画界。授賞式の印象的なシーンを振り返ってみたい。

女性だけのものではない「TIME'S UP」のメッセージ

“Stand Up for Something”のパフォーマンス
Aaron Poole / A.M.P.A.S.

先のゴールデングローブ賞授賞式では、女性の多くが黒ドレスを着用し、男性はピンを付けるかたちで賛同を示した「TIME'S UP」ムーブメント。昨秋、米大物プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインに端を発した、一連のセクシャル・ハラスメント報道以来、これまで性的虐待を告白できずにいた人々が語り始めた「#MeToo」ムーブメントをきっかけに、人種や性別、性的志向などにおけるマイノリティへのチャンスと権利向上を呼びかけるべく始まった活動だ。リース・ウィザースプーンやジェシカ・チャステインら数多くの女優が牽引するこのムーブメントが、賞レースの終着点となるオスカーで、どのような動きを見せるのかが注目されていた。

授賞式中盤、映画『マーシャル 法廷を変えた男』の歌曲賞ノミニー(候補者)であるコモンが、アンドラ・デイと10人の人権活動家とともにノミネート曲“Stand Up for Something”のパフォーマンスを披露。それぞれが、若者や少女、シリア難民、アフリカ系コミュニティ、農業者、シングルマザー、銃暴力の生存者など、さまざまな場面で声を封じられている人々を代表する顔ぶれだ。胸を突くパフォーマンスに酔う会場に向かい、「スタンド・アップ!」と繰り返したコモン。聞くだけではなく動き出せ、とのメッセージに会場の多くが立ち上がった。

その後、ワインスタインのセクハラ被害を初期に告白した女優アシュレイ・ジャドらが「TIME'S UP」のメッセージ映像を紹介。脚色賞候補の『マッドバウンド 哀しき友情』の女性監督ディー・リースや、昨年のオスカー受賞作『ムーンライト』のバリー・ジェンキンス監督、異文化ロマンスの実話『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目ざめ』で脚本賞にノミネートされたパキスタン系アメリカ人のクメイル・ナンジアニらが順に登場し、ハリウッドの多様化と平等を促す姿が上映された。「TIME'S UP」は女性だけのものではない、声なき声をもつすべての人のもの。そんなメッセージが強調されたのだ。

それでもやっぱり女性も主張! 3世代の女優たちが見せた雄姿

女性ノミニーに起立するよう呼びかけるフランシス・マクドーマンド
Sara Wood / A.M.P.A.S.

とはいえ、女性は女性で立ち上がる。インディペンデント系映画女優のキャリアを経て、単独での監督デビュー作『レディ・バード』で女性では史上5人目となる監督賞ノミネートを果たしたグレタ・ガーウィグ。彼女は前述した映像のなかで、「あなたの映画を作って。私にぜひ観せて!」と未来のフィルムメイカーに語りかけた。

監督賞発表時には、プレゼンターを務めたエマ・ストーンがノミニー紹介の際に「こちらが4名の男性監督とグレタ・ガーウィグです」と名指し紹介。先のゴールデングローブ賞では、ナタリー・ポートマンがガーウィグの候補落ちへの皮肉を込めて、「こちらが男性ノミニーの皆さんです」と紹介して物議を醸したが、その一歩先を行く強気な姿勢で、女性クリエイターのチャンス増加を求めた。

主演男優賞発表時には、ハリウッドの酸いも甘いも知るベテラン女優たちがバックアップ。プレゼンターとして登場したジェーン・フォンダとヘレン・ミレンは、90歳のオスカー像を「年上の彼」と呼び、「年上の男性と若い女性って、今のハリウッドではご法度よね」とジョークにしたうえで、「過去の革新が、今の常識になっているのよ」と、男女平等への動きが実を結ぶ日を確信させた。

そのバトンを受けたのが、主演女優賞を受賞し、登壇したフランシス・マクドーマンド。全部門の女性ノミニーに起立するよう呼びかけると(メリル・ストリープに「メリル、あなたが立てば、みんな立つわ!」と指示)、次々と立ち上がる女性たちの姿に興奮しながら、企画の決定権を持つ重役や投資家も集まる会場に向け、「見回してください。私たちには語りたいストーリーがあって、資金が必要なの。パーティでの社交辞令はいらないから、オフィスで話しましょう」と盛り上げた。現在、女性監督による作品の割合は11パーセント。明日から、声なき声を映画にするための“実務”が増えることを期待したい。

『ブラックパンサー』『ワンダーウーマン』革命をフィーチャー

『ゲット・アウト』で脚本賞を受賞したジョーダン・ピール監督
Aaron Poole / A.M.P.A.S.

オスカー自体にはノミネートされなかったものの、ともに興行成績、社会現象の面で大きなインパクトを与えた2作がフィーチャーされたことも特筆すべき。

昨夏に公開された『ワンダーウーマン』は女性監督による初のヒーロー映画、今年2月から快進撃を続けている『ブラックパンサー』はマーベル初のアフリカ系ヒーロー映画として、「白人男性主役=売れる映画」という法則を完全に覆した。女性、有色人種、外国語、LGBTQ。これまで敬遠されがちだったテーマの企画を、映画ファンが求めていることが授賞式でも語られた。

『ムーンライト』のジェンキンス監督は「『ワンダーウーマン』の大戦闘シーンに興奮し、泣いている女性たちを見てビビッときた」、『ビッグ・シック』のナンジアニは、「僕の好きな映画はみんな、ストレートの白人男性が自分たちを主役に自分たちで作った映画ばかり。今度は白人の君たちに、僕の作った作品を観て共感してほしい。難しいことなんかじゃないよ。僕はずっとそうしてきたんだから」とコメントし、喝さいを浴びた。

人種差別を斬新なスリラー・コメディに仕立てた『ゲット・アウト』で脚本賞を受賞したジョーダン・ピールは受賞スピーチで、「この企画を書くのを20回はあきらめた。うまくいくわけない、誰にも作ってもらえないと。でも、もし実現できたら、絶対に多くの人に観てもらえると思っていた」と明かし、彼を信じた製作陣と「チケットを買い、映画館に行き、口コミをしてくれたすべての観客に」感謝を述べた。

「互いへの共感」と「国境なきアート」を願ったデル・トロ監督

『シェイプ・オブ・ウォーター』に「互いへの共感」のメッセージを込めたというデル・トロ監督
Aaron Poole / A.M.P.A.S.

米社会の枠を超え、世界中の声なき声を求めたのは、『シェイプ・オブ・ウォーター』に「互いへの共感」のメッセージを込めたというギレルモ・デル・トロ監督。「私は、メキシコからの移民です」と切り出し、「これまで25年間、私は“ひとつの国”に暮らしてきました。アメリカやヨーロッパ、そのほか世界中の場所からなる“国”です。映画という芸術と業界の最大の魅力は、国境がないこと。世界中で国境強化が叫ばれる今こそ、映画を作り続けるべきなのです」。

デル・トロ監督はさらに、若い世代にもエールを発信。「ファンタジーの魔法で、今の現実世界を描きたいと思っているドリーマーたち。(オスカー像を見ながら)これがドアだ。キックして入っておいで」。米国では今、2月に起きたフロリダ州の高校の銃撃事件を受けて、同校の高校生たちが前代未聞の銃規制運動を先導。ティーンエイジャーたちの声は、ジョージ・クルーニー夫妻やスティーヴン・スピルバーグ夫妻らショービズ界からのサポート、SNS世代ならではのアプローチをとおして全米に広がっている。そんな若者へのエールも、授賞式の随所に散りばめられていた。

メキシコに住む少年と家族の物語を描き、長編アニメーション作品賞を受賞した『リメンバー・ミー』の製作陣も、異文化のつながりの大切さをリマインド。2013年に『それでも夜は明ける』で助演女優賞を受賞し、『スター・ウォーズ』シリーズ、『ブラックパンサー』と引っ張りだこのルピタ・ニョンゴも「ケニア系メキシコ人としてアメリカに住む私も、移民のドリーマーの1人です」と語り、人種や国境を超えた夢が実現することを伝えた。

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多くの声なき声が発せられた90年目のアカデミー賞。さまざまなムーブメントと並行して進んだ賞レースはいったん終わるが、声を声で終わらせず、形にしていくのはこれからだ。声を失くしたイライザと、自由を奪われたクリーチャーが与えてくれた希望を胸に。