文=ロサンゼルス在住ライター 石橋朋子

世界最高峰の映画賞として知られるアメリカのアカデミー賞。権威ある賞であることは誰もが認めるところだが、近年は視聴率低下に悩む。90回目を迎えた今年は大方の専門家の予測通り、米ABCの視聴率は史上最低となった。授賞式の数日前になってもハリウッド大通りの会場前の一角を除いてはアカデミー賞を感じられる場所はなく、全体に盛り上がりに欠けていたのも事実だ。

当日の米「ロサンゼルス・タイムス」紙の朝刊には、受賞予想の代わりに、“アカデミー賞はまだ米国民の関心事であるか”を検証する記事が2面にわたって掲載された。アメリカはなぜ、こうもアカデミー賞に関心を示さなくなったのか。3つの理由で考えてみる。

写真スポット数箇所のみに設置された例年より少ないオスカー像

1.一般の映画ファンの気持ちと会員たちの意向の格差

2016年に“Oscars So White”(オスカーは真っ白)と批判された通り、アカデミー協会の会員は、当時、白人の高齢者の割合が多かった。アカデミー協会はこの問題を解決すべく、会員の人種と世代の多様性を目標に、2016年と17年の2年間でそれまでの24%に当たる1402人を増員。その努力が徐々に実を結び、今年のノミネートには『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』 のようなスタジオ作品から、『ゲット・アウト』のような低予算作品までが並び、アフリカ系アメリカ人やヒスパニック系アメリカ人、女性の撮影監督などが名を連ねた。

『ゲット・アウト』で脚本賞に輝いたジョーダン・ピール (C)Scott-Diussa/A.M.P.A.S.

授賞式前に記者が作品賞受賞の予想を、ロサンゼルスの一般の映画ファンにたずねると、その答えは圧倒的な数で『ゲット・アウト』。同作への支持が高いことに驚かされた。同作の授賞式前週までの全米での興行収入は1億7600万ドルと、作品賞ノミネート9作品の中では『ダンケルク』の1億8800万ドルに次ぐ2位。一方、作品賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』の興行成績は5560万ドルと、『ゲット・アウト』の約3分の1であった。

米エンタテインメント業界誌「バラエティ」のアカデミー賞スペシャリスト、ティム・グレイは、「以前は『タイタニック』や『ロード・オブ・ザ・リング 王の帰還』など大ヒットした大作が作品賞を含む十数部門にノミネートされるなど、多くの人々に愛される娯楽作品がアカデミー賞と直結している時代もありました。今年で言うと『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』も(技術系の4部門ノミネートだけでなく)作品賞などの主要部門にノミネートされていてもよかったのではないでしょうか」と話す。

アカデミー賞へのノミネートを知って、その後、映画館へ足を運ぼうという映画ファンもいただろうが、授賞式前に上映が終了している作品も多く、記者でさえ、見逃した作品を観に行くことは難しいのが現実であった。

2.絶対スター不在のハリウッド

レオナルド・ディカプリオの、『レヴェナント: 蘇えりし者』(2015年)での主演男優賞受賞は、業界関係者にも、一般の映画ファンにも、アカデミー賞の重みを再確認させた。10代の頃から世界中の人々を魅了する大スターの地位にいて、何度もノミネートされながら受賞を逃していたディカプリオを応援する目が、その年のアカデミー賞の注目度を上げたことは抗いようもない事実だった。

『レヴェナント: 蘇えりし者』でついに主演男優賞を獲得したレオナルド・ディカプリオと
監督賞を受賞したアレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ。第88回アカデミー賞より。
(C)picture-alliance/Geisler-Fotopress

だが、今年のアカデミー賞ノミニーの顔ぶれは、ダニエル・デイ=ルイスやゲイリー・オールドマン、メリル・ストリープ、フランシス・マクドーマンドのようなベテラン陣と、シアーシャ・ローナン、マーゴット・ロビーといった若手。“ブロックバスター”と呼ばれる娯楽大作の主演を張る、いわゆるスターはいない。もちろん、いずれも演技力には定評があり、ノミネートには文句のつけようもないが、よほどの映画通でなければ、名前を聞いてもピンとこない人も多い。これは日本のみならず、アメリカでも同じことだ。

「一体オスカー像は誰の手に!?」とハラハラしながら授賞式を視聴する人々が少ないのは、仕方がないと言わざるをえない。

3.政治的、社会的メッセージが強い

全世界への影響力が強いハリウッドでは、機会があれば、政治や社会へのメッセージを強く押し出そうとする人も少なくない。だが一方で、それを望まない視聴者もいる。トランプ米大統領の話題、少数民族問題、#MeTooや#TIMESUPと、メッセージ色が強くなることが予想された今年は、アカデミー賞の話題から目を背けていた人も少なからずいたようだ。

アカデミー賞授賞式に参加した候補者およびアカデミー協会会員
(C)Todd Wawrychuk/Bill Barnes_A.M.P.A.S.

しかし、こういった思想や主張が作品に反映され、問題提起となり、社会や歴史の変化に影響していってこそハリウッドだ。そんな俳優やフィルムメイカーたちの声明を生の言葉で届けるアカデミー賞は、格式ある賞の授賞式ということ以上に大きな意味を持っている。

前述の「ロサンゼルス・タイムス」紙で、映画評論家ケネス・トゥランは、「この映画業界を巻き込んだ大混乱――スクリーンに象徴される人種問題や業界の性的虐待問題など――を考えると、アカデミー賞には、まだ人々の関心事でありうるかという疑問に、現在起きているどう猛な要素が加わっている。もしこの“革命”が放送されないなら、アカデミー賞に関心を持つ意味があるのか」と問いかけている。

アカデミー賞への関心は様々な理由で薄れたとはいえ、トゥランの言う通り、アカデミー賞とはその時代を反映するもの。受賞者たちのスピーチは後世に語り継がれ、主張は全世界に影響力を持ち、差別や意識を変える動力ともなる。アカデミー賞90年の歴史とはこういうものの積み重ねなのだ。

授賞式当日、レッドカーペットにてスタンバイするメディア

毎年アカデミー賞を追っている立場からいうと、同賞には他にはない感動がある。これまでカルト映画のクリエイターでハリウッドでは異端児ともいえるギレルモ・デル・トロのアカデミー賞受賞(『シェイプ・オブ・ウォーター』で作品賞と監督賞を受賞)は、映画ファンにとっては新鮮な喜びだった。「『E.T.』やウィリアム・ワイラー、ダグラス・サーク、フランク・キャプラなど外国映画の大ファンだった」と語るメキシコ出身の彼が、世界の若いクリエイターを励ます受賞コメントは胸に響いた。

作品賞を受賞した『シェイプ・オブ・ウォーター』で監督賞も受賞したギレルモ・デル・トロ(右)と主演したサリー・ホーキンス
(C)Phil McCarten/A.M.P.A.S

長年演技に磨きをかけ続けてきたサム・ロックウェル(『スリー・ビルボード』で助演男優賞受賞)やアリソン・ジャネイ(『アイ・トーニャ』で助演女優賞受賞)の受賞、インディーズで活躍する俳優やベテラン俳優、大手スタジオにツテを持たない独立系のフィルムメイカーのノミネートは、これまで彼らがしてきた苦労に報いてくれるだろう。また、低予算で初監督したジョーダン・ピール(『ゲット・アウト』で脚本賞受賞)のような新しい才能が、きちんと評価され、今後の活躍の場を約束されることは、映画ファンとして喜ばしいこと。

結局のところ、誰が何と言おうと、アカデミー賞は不滅であろう。