文=皆川ちか/Avanti Press

一流企業で働く夫ボリスと、美容サロンを経営する妻ジェーニャ。2人には12歳になる息子アレクセイがいるが、夫婦関係は冷え切って離婚秒読みの段階にある。すでにそれぞれ新たなパートナーがいる彼らは、アレクセイの親権を相手に押しつけあって日々口論が絶えない。そんな中、アレクセイが忽然として失踪する――。

本年度アカデミー賞外国語映画賞部門にロシア代表として出品され、昨年度のカンヌ国際映画祭では審査員賞を受賞した映画『ラブレス』(4月7日公開)。ロシア語の原題は「Nelyubov(ニェリュボーフィ)」といって、“愛”を意味する単語“lyubov”に否定の接頭辞を付けた言葉だという。

この題名が表すとおりに本作では、夫婦愛、親子愛、家族愛といった愛が次から次へと否定される。

失敗した結婚の象徴のような存在となった息子アレクセイ

ボリスと年若い恋人

かつては愛しあって結婚したであろうボリスとジェーニャの間には、歳月がたった今では憎しみの感情しかない。食事も寝室も別々で、壁一枚を隔てた自室にいるアレクセイに聞こえるのもかまわずに罵りあいを繰り広げる。それも話題はどちらが子どもを引き取るかというもので、子どもにとっては残酷極まりない仕打ちだ。

ボリスには年若い恋人との間に、間もなく子どもが産まれる。ジェーニャには裕福で年長の恋人がいる。

彼らはもう、崩壊しかけているこの家庭を捨てて、新しい相手と新しい生活を始めることに目を向けている。夜になると互いの恋人と逢瀬を重ねて情熱的に愛しあう。ボリスはジェーニャには決して見せないくつろいだ表情を恋人に見せて、ジェーニャもまたボリスには言わないような自分の内面を恋人には打ち明ける。

2人にとって現在はすでに過去であり、配偶者はすでに他人同然だ。息子アレクセイは愛を注ぐ対象ではなくて、お荷物であり、邪魔者であり、失敗した結婚の象徴のような存在となっている。

彼らがアレクセイに向ける眼差しや態度は冷淡で、背景となる晩秋から冬にかけてのモスクワの身を切るような寒さそのものであるかのようだ。

身近な者を愛せない人間が、だれかを愛することなどできるのか?

ジェーニャと裕福で年長の恋人

そんなアレクセイがある日、忽然と姿を消したことから物語は本格的に動き出す。

ボリスとジェーニャは息子を捜索する過程で、自らの生き方や、長らく避けてきた親との関係にも向き合わざるを得なくなる。なぜ自分たちの結婚生活は破綻したのか、なぜ息子を愛せないのか、こんな自分はおかしいのか……アレクセイを捜しながら自分自身をも探していく。

彼らに手を差し伸べるボランティア団体が、この2人と対照的な存在として描かれるのも興味深い。メンバーたちは警察以上に熱心、かつ抜群のチームワークでアレクセイを捜索し、少しずつ手がかりを見つけていく。

これはまったく架空の設定というわけではなく、ロシアに実在する非営利の捜索救助団体「リーザ・アラート(Liza Alert)」をモデルにしているという。仕事でもなければ報酬が約束されているわけでもない、まったくの無償の行為――そんな行為に身を捧げて他人の子どもを懸命に捜すボランティアの人々と、自分の幸せを追い求めるあまり我が子を蔑ろにするボリスとジェーニャ。

彼らを対比させることで、この映画は厳しいほどに冷徹な視線でこんな問いを投げかけてくる。身近な者を愛せない人間が、だれかを愛することなどできるのだろうかと。

ボリスとジェーニャを待ち受ける結末は実に謎めいている。いかようにも深読みできる陰影のあるラストシーンは、結婚について、愛について、幸せについて、そして人間性の在り方について、観客の胸に刻むだろう。