たとえば、『美女と野獣』を“獣人の出てくるモンスター映画”と言わないように『シェイプ・オブ・ウォーター』を“半魚人映画”と語ってしまってよいものか? でも僕は、デル・トロ監督がこの映画を作ると聞いたときから、素晴しいモンスター映画、半魚人映画になるに違いないと思っていました。そして、『シェイプ・オブ・ウォーター』は、そのとおりの素敵な作品でした。

なぜ、半魚人との恋だったのか?

監督自身が認めているように、本作は50年代のクラシック・モンスター映画『大アマゾンの半魚人』(1954年)から影響を受けています。『大アマゾンの半魚人』に登場した“半魚人”の造形・デザインがあまりに強烈で、以後少年誌の怪奇特集などには必ずこのモンスターが紹介され、フランケンシュタインの怪物級にメジャーなホラースターとなりました。

僕にとってもお気に入りのモンスター。でも大人になって初めて『大アマゾンの半魚人』をちゃんと鑑賞したら、ちょっと拍子抜けしたのです。あのすごい容姿の半魚人が人をガンガン襲う映画を期待していたら、そんなに暴れない。さらにビックリしたのは、この半魚人が探検隊の女性に恋してしまう悲恋の物語だったこと。“モンスター・ホラー”としては物足りなかったけれど、この半魚人の想いが心に残る、愛すべき作品でした。

だからデル・トロ監督も、恋をテーマにするなら“半魚人”だったのでしょう。アメコミ原作のホラー系ファンタジー・アクション『ヘルボーイ』シリーズを、デル・トロは計2作手がけていますが、このシリーズにも半魚人キャラが出てきます。そして2作目『ヘルボーイ/ゴールデン・アーミー』(2008年)では、半魚人とエルフの切ない恋が描かれていました。そう言えば『ヘルボーイ』シリーズの半魚人も卵(ただし、ゆで卵でなく腐った卵)が好きでしたね。

モンスターを好きになるのに、理由はいらない

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僕が『シェイプ・オブ・ウォーター』の中ですごく印象的だったのは、主人公の女性イライザが半魚人のことを、出会った瞬間から気に入っていることです。いわゆる“普通の展開”だったら、最初は異形の物を恐れ拒絶するが、徐々に心を通わせる……みたいな話になるハズ。しかし、彼女は最初から半魚人に積極的に近づこうとします。

そう言えば、デル・トロ監督の『パンズ・ラビリンス』(2006年)の女の子・オフェリアもクリーチャーたちに出会っても動じなかったですよね。モンスターを好きになるのに理由も時間もいらない。デル・トロ監督自身がそういう人だし、デル・トロ監督の映画のファンである僕らも同様、そういう感性を持っている人のお話。だから、主人公に共感できるのです。

“子ども的感性”と“大人的に生きる”こと

一方、僕は主人公たちを追い詰める政府の男・ストリックランドにも同化してしまいました。いわゆる悪役なのですが、そんなに憎めなかった。彼は彼なりに現実や社会と折り合いをつけて、務めを果たそうとしている人です。

デル・トロ監督がかつて、若い世代がなぜモンスターやホラー映画に魅せられるかを聞かれたときに「この手の映画が世の中の“秩序”や“健全さ”といったタテマエ/固定概念をぶち壊すからだと思う。“秩序”や“健全さ”を気にしているのは大人だけ。現実社会がはかなく、もろいものだとわかっているのは子どもたちなんだ」と答えたことがあります。

まさに子ども=イライザ、大人=ストリックランドですが、ただ僕も“イライザ的”な感性は持ち続けているつもりだけれど、時には“ストリックランド的”に生きねばならないのです。この2人の対比が、心に深くささります。

デル・トロ監督は子どものころからモンスターが好きで、そういう意味では僕と同じような少年時代だったと思いますが、彼が『パシフィック・リム』(2013年)を作ったとき“この差はなんだろう……!”とうらやましくなりました。今度はアカデミー賞までとっちゃうなんて! 怪獣少年の超・出世頭であるデル・トロ監督を、これからを応援し続けていきたいですね。

(文・杉山すぴ豊)