3月24日(土)に公開の『BPM ビート・パー・ミニット』は、1990年代初冬のパリにおけるエイズ患者やHIV感染者をテーマにしたヒューマンドラマ。第70回カンヌ国際映画祭においてグランプリを受賞した、ロバン・カンピヨ監督の最新作です。

本作ではロバン・カンピヨ監督も実際にメンバーの一員だった、抗議団体「ACT UP Paris」に集う人々の姿が描かれています。彼らはエイズ患者やHIV感染者、同性愛者に対する無関心や不寛容な社会に対し、過激な手段をもって抗議運動を行いました。そこには、社会的な偏見に対する激しい怒り、生に対する生々しい執着、病気のために死にゆく自分に対する恐怖など、さまざまな感情を感じ取ることができます。

今回は、彼らが行った過激な抗議活動と、それを通して伝えたかったものを、映画の中に見ていきたいと思います。

抗議を行うメンバーに感じるリアルな“生への渇望”

HIVやエイズへの社会の無関心、HIV感染者の多かった同性愛者への偏見は、平和的な訴えでは改善されないと考えたACT UP Parisのメンバーは、過激な抗議を繰り返すようになります。高校の授業にいきなり乱入し、性行為による感染予防策としてコンドームを配布する。製薬会社のオフィスに不法侵入し、血糊で作ったボールを辺りに投げつける。広場で死体のふりをする“ダイ・イン”という示威行動を行う。時には抗議対象者を手錠でつなぐなどし、暴力的行為を行うこともありました。

本作のメインキャラクターのショーンは、グループの中でも特に過激な行動を見せる、ある種のカリスマ性を持つ同性愛者の男性です。作中での彼の行動からは、問題に対する激しい憤りを感じます。しかし、その行動の裏側には彼がHIV感染者であり、自分に迫る死への恐怖がありました。高校に乗り込んでコンドームを配布したときのショーンの表情などには、かつて自分が病気に対する知識がなかったことへの悔しさがにじんでいるように思えます。

そんなショーンに惹かれるナタンも同性愛者です。彼は病気に感染していないものの、HIVへの問題意識から「ACT UP Paris」に参加します。2人は過激な抗議活動を通し、関係を深めていきます。作中では2人のベッドシーンが生々しく描写されますが、それは事態が改善していかない中で、「迫り来る死から逃れたい」と願う、祈りにも似た願望を強く感じさせます。その一方で、HIV感染者や同性愛者であっても、ふつうの人間となんら変わらず生きているという事実を訴えかけてきます。

作中ではメンバーのひとりであるジェレミーの死が、ショーンをはじめ、メンバーにリアルな死への恐怖を与えます。これに対して行われたフランス革命を引用したデモは、無関心、不寛容な体制が仲間の命を奪ったことに対する“政治的な葬儀”として行われます。彼らの姿には今すぐ問題を解決させないと次に死ぬのは自分だという、現状に対する焦燥感が伝わってきて、その迫力にただただ圧巻させられてしまいます。

過激な抗議活動、そして生と死に向き合う毎日

派手な抗議活動に目が行きがちな本作ですが、幕間で見せるメンバーの日常も、彼らの死への恐怖がリアルに感じられます。メンバーはたびたびナイトクラブに繰り出し、アップリフティングなビートに合わせて踊ります。そのビートは彼らの普通の人とかわらない心臓の鼓動を彷彿とさせますが、ストーリーが進むにつれて、「日常的な生活から離れたくない」というメンバーたちの渇望が表れているように感じられるのです。

映画の舞台となった1990年代初頭には、今のように個人がSNSなどを通して、多くの人々に情報を拡散できる時代ではありませんでした。そのため、彼らは同じ境遇、問題意識を持つ者同士で団結し、自分たちの声を社会に届けようとしたのです。そこで現状を改善させるためには、時には犯罪行為を辞さないほど、過激な手段を取らざるを得なかったわけです。

本作ではストーリーが進むにつれ、問題が解決に向けて進まないことに対する彼らのいらだちや不安とともに、生と死に向き合う姿が描かれていきます。その中で、彼らは最終的に何を見出すのでしょうか? その答えを、ぜひ映画館でご確認ください。

(文/Jun Fukunaga@H14)