文=浦木 巧/Avanti Press

アカデミー賞が発表されましたね。今年は前評判通り(?)『シェイプ・オブ・ウォーター』が作品賞に輝きましたが、皆さんの予想はどうでしたか? 近年の受賞作は、作品の完成度のみならず、いかに社会情勢を反映しているかも大きなポイントですから、マイノリティやアウトサイダーへの優しい目配せが込められた同作の受賞にも納得! ですが、現代の世界情勢――すなわち、アメリカのトランプ政権への強烈な批判精神に満ちた作品として注目したいノミネート作品がありました。3月30日(金)に日本公開となる、『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』です。

『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』
3月30日(金)より全国ロードショー
TOHOシネマズ 日比谷にて3月29日(木)特別先行上映
(c)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

“フェイク・ニュース”警鐘を鳴らす、スピルバーグ監督のメッセージ

『ジュラシック・パーク』シリーズも生んだ大ヒット・メーカーにして、2度の監督賞に輝くアカデミー賞監督スティーヴン・スピルバーグが、『A.I.』のボイス・キャストとして起用したことしかなかった名女優メリル・ストリープを主演に据え(本作でアカデミー賞主演女優賞ノミネート)、数々の傑作で黄金タッグを組んできた盟友トム・ハンクスも出演するサスペンス・ドラマ。

監督&キャストの顔ぶれを見るだけで、映画好きなら“絶対に観る”フラグが立ちそうですが、スピルバーグ監督は、1971年、アメリカ政府がひた隠しにしてきた極秘文書「ペンタゴン・ペーパーズ」の存在を明るみにした実在の新聞記者たちの姿を通し、“フェイク・ニュース”と称して報道メディアの自由な意見を抑圧しようとする、現在のアメリカの状況に警鐘を鳴らしたのです。

『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』
3月30日(金)より、全国ロードショー
TOHOシネマズ 日比谷にて3月29日(木)特別先行上映
(c)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

極秘文書「ペンタゴン・ペーパーズ」とは、当時泥沼化していたベトナム戦争についての客観的な調査・分析を行った7,000ページに及ぶ資料で、そこには米政権がベトナムで行った軍事行動の実態と、“勝てる見込みがない”ことが記されていました。その事実は、虚偽の報告によって長年国民を欺いてきたことを意味しています。

ニューヨーク・タイムズ紙がその一部をスクープし、ニクソン大統領政権下のホワイトハウスからの差止請求、反逆罪を問うという圧力が掛かるなか、アメリカ初の女性新聞発行人キャサリン・グラハム(メリル・ストリープ)と編集主幹ベン・ブラッドリー(トム・ハンクス)率いるワシントン・ポスト紙が、文書の全文を入手。掲載するのか否かに迷いながらも、報道の自由を守るために邁進するという筋書きです。

元々、製作スピードの早さで知られるスピルバーグ監督ですが、今作はたった9カ月という短期間で撮り上げたことも大きな話題。トランプ大統領が就任してわずか45日後に製作を発表したこととも合わせて、「いま撮らなければならない」「いま訴えなければならない」という危機感の高さがうかがえるはずです。

『ペンタゴン・ペーパーズ』と併せて観たい1976年の傑作

さて、グラハムやブラッドリーの奮戦が非常にスリリングに描かれる本作ですが、試写会において「あのシーンはどういう意味?」という声が聞かれました。ラストに唐突に映し出される、とあるビルへの不法侵入の様子なのですが、それはあの「ウォーターゲート事件」の発端となる民主党本部への盗聴器設置――そう、今作の物語が、ニクソン大統領失脚へ繋がっていくことを、ラストで暗示させているというわけです。

そこでぜひ、『ペンタゴン・ペーパーズ』と併せて観てほしい作品があります。1976年度アカデミー賞で作品賞・監督賞を含む8部門でノミネート、助演男優賞、脚色賞ほか全4部門に輝いたダスティン・ホフマン&ロバート・レッドフォード主演の実録作『大統領の陰謀』です。

この作品こそ、当初は熱心な共和党支持者の単独犯行だと思われていた民主党本部への侵入と盗聴器の設置が、実はニクソン大統領の指示の下に行われた組織的な行為であることを突き止め、「ウォーターゲート事件」の真相を暴いた、ワシントン・ポスト紙の若き記者たちの物語。そう、またもやワシントン・ポストです。

アラン・J・パクラ監督『大統領の陰謀』(1976年)。向かって左端がロバート・レッドフォード、右端がダスティン・ホフマン。
(c)SUPPLIED BY:SMP-GLOBE PHOTOS

R・レッドフォードとD・ホフマンがワシントン・ポストの記者魂を熱演

レッドフォード扮する新米記者ボブ・ウッドワードと、ホフマン演じる先輩記者カール・バーンスタインがコンビを組み、膨大な関係者に取材して糸口を見つけ、新たな事実へと迫っていく地道な調査報道の実態が、臨場感あふれる力強さで描かれていきます。『ペンタゴン・ペーパーズ』でハンクスが演じた編集主幹ベン・ブラッドリーも登場(こちらではジェイソン・ロバーズが演じて、アカデミー賞助演男優賞を獲得)。熱いジャーナリストたちの姿が出色です。

同作の撮影は実際のワシントン・ポスト社内でも行われたそうですが、驚くのは、『ペンタゴン・ペーパーズ』に登場するワシントン・ポスト社内とほぼ同じこと。ブラッドリーの個室のレイアウトも同じ。これは『ペンタゴン・ペーパーズ』が、当時の様子を完全に再現したということでしょう。

『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』
3月30日(金)より、全国ロードショー
TOHOシネマズ 日比谷にて3月29日(木)特別先行上映
(c)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

ちなみに『大統領の陰謀』で、ウッドワードに情報を秘密裏に提供する政府高官が登場しますが、“ディープ・スロート”と呼ばれたこの人物は、ウォーターゲート事件の捜査を担当していたFBI副長官マーク・フェルトであったことが、自身の公表により判明。このフェルトを主人公に描いた作品が、リーアム・ニーソン主演、リドリー・スコット製作の『ザ・シークレットマン』だったりします。こうした作品群をまとめて鑑賞することで、ひとつの事件の全貌が多角的に掴めていく――実録映画を観る大きな楽しみのひとつでもありますよね。

ここで描かれているテーマは決して他人事ではない

それではまた、話を『ペンタゴン・ペーパーズ』に戻しましょう。

「この映画は、フェイク・ニュースに対する解毒剤である」と、スピルバーグ監督は断言しています。権力による報復を恐れて萎縮し、異なった意見や価値観による議論が行われないことは危険だと考えた監督が、「権力に対して真っ向から勝負した」先例を示し、マスコミに対して“ゲキ”を飛ばしたのは間違いありません。

『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』メリル(左)とトムを演出するスピルバーグ監督(中央)
3月30日(金)より、全国ロードショー
TOHOシネマズ 日比谷にて3月29日(木)特別先行上映
(c)Twentieth Century Fox Film Corporation and Storyteller Distribution Co., LLC.

そしてそのメッセージは、よくよく考えてみると、他人事ではない気がしませんか? メディア、ひいては我々自身が、自由と平等、個人の権利を守るためには声をあげなければならない。当時はいちローカル紙としか思われていなかったワシントン・ポスト紙の記者たちが知恵と勇気を振り絞り、困難を乗り越えて大逆転を掴む物語は、娯楽作としてカタルシスを味合わせると同時に、尊き社会的問題意識にも気づかせてくれます。理想を持ってはいても、いろいろな理由でつい挫けてしまいがちな私たちを、「でも、絶対に諦めちゃダメだ」と鼓舞してくれる作品としても、おススメです。