取材・文=大谷隆之/Avanti Press

とにかく、呆れるほどにいかがわしい。黒眼鏡をかけたこの人がスクリーンに登場し、半裸の女の子に向けてシャッターを切りながら「これ、芸術!」「いいねえ、エロマンティックだね」などの台詞を連発すると、観ているこちらも昭和にワープさせられてしまう。冨永敬昌監督の新作『素敵なダイナマイトスキャンダル』で演技に初挑戦したジャズ・ミュージシャン、菊地成孔のことだ。

断固拒絶を貫くも、監督の執念に押し切られ……

柄本佑が演じる本作の主人公は、1970年代後半から80年代にかけて数々の“カルト”エロ雑誌を創刊した編集者、末井昭。彼が手がけた「ウイークエンドスーパー」や「写真時代」には南伸坊、赤瀬川原平、糸井重里、岡崎京子といった書き手が集まり、過激なヌードグラビアと肩を並べて才気溢れるエッセイを寄稿していた。いうなれば、エロとサブカルの過激な結合。

撮影陣も豪華で、たとえば若き日の森山大道や倉田精二も、末井の雑誌にたびたび意欲的な作品を発表している。菊地が演じた「荒木さん」というキャラクターのモデルは、もちろん“天才アラーキー”こと荒木経惟。日本を代表する写真家をなぜ、演じることになったのか? 本人に経緯をたずねると「冨永監督に無理やり押し切られたんです」という答えが返ってきた。

「初めて言われたのはもう7〜8年も前ですかね。もちろん当初は、ケンモホロロに断っていました。『出るわけないじゃん、なに言っとるんだねキミは』みたいな感じで(笑)。冨永君とは古い友人で、彼が撮った『パビリオン山椒魚』(2006年)と『パンドラの匣』(2009年)の2本には、僕が音楽を付けています。だから今回も、音楽に関しては喜んで引き受けると。でも芝居となると、完全な素人ですからね。何年も逃げ続けていたんですが、これに関しては冨永君が飽くなき執念で……」

顔立ち、体型、言葉のグルーヴ感が荒木さんに酷似!?

どうして冨永監督は、年上の友人に断固拒絶されても「荒木さん=菊地成孔」のキャスティングにこだわったのだろう? 実を言うと菊地自身、内心「まあ、監督の意図は分からないではない」と納得する部分もあったのだという。

「僕自身、荒木先生とは何度もお仕事してますし、個人的にもよく存じ上げていますが、要は似ているんですよ。まず言葉ね。荒木先生は東京下町・三ノ輪のお生まれで僕は千葉県の銚子ですが、2つの方言はなぜか共通点が多くて。例えば荒木さんは、ご自分のことを“アタシ”って言う。僕もそうで、普段はいろんな一人称を使い分けますが、自分のラジオ番組など素に近い状態で喋っているときは、基本的には“アタシ”なんです」

言葉のグルーヴ感だけではない。顔立ちや体型、全身から醸し出される雰囲気。そのどれを取っても、現在の菊地は1980年代の荒木経惟をかなり彷彿とさせる。

「当時、荒木先生も痩せておられましたからね。しかも、2人とも小柄で声がちょっと甲高く、喋りだしたら止まらない(笑)。そういった躁気質っぽいパーソナリティーも含めて、たしかに共通点は少なくないわけです。僕自身それが分かっているので、何年も拝み倒されて、最終的に『まあ、アラーキー役なら仕方ないか……』と押し切られてしまった。その際、音楽監督として『絶対これはやらせてほしい』という希望を1つだけ出しまして。かなりハードルの高い条件かなと思ったのですが、冨永君は『わかりました』とそれすら呑んでしまった。で、いよいよ断われなくなってしまったと」

事務所にてインタビューに応える菊地成孔氏

“デ・ニーロ”メソッド+アドリブで臨んだ撮影現場

菊地が冨永監督に突き付けた「交換条件」。その意外な内容については後述するとして、まずは“役者業”の感想の方から聞かせてもらおう。

「役作りなんて高級なことは、僕には一切できませんので(笑)。決まったセリフを言いながら、決まった動きをするなんて、一生無理だと思いました。ただ、喋り口調を、できるだけ僕が知っている荒木先生に近付けることだけ意識しました。あとは、それこそ体型ですね。当時の写真を見ると、80年代の荒木先生はお腹も出てなくて、筋肉質でシュッとされていた。背中にだけ少し脂が乗っていて。なので、いわゆる“ロバート・デ・ニーロ”メソッドと言いましょうか、体型だけは似せています(笑)」

劇中、「荒木さん」がビルの屋上でヌード撮影をする場面がある。指示する前に勝手に服を脱ぎ始めてしまうモデルと、「早い早い、まだ脱がなくていいから」と止める写真家。そのやりとりが、何とも言えず可笑しい。

「あのくだりは、冨永君と2人で考えたんです。モデルの方が先に服を脱いじゃうという設定だけ作って。このシーンの台詞はアドリブですね。むしろ大変だったのは、喋りながらシャッターを切った回数を数えてなきゃいけなかったこと。当時はフィルムカメラですから、一定間隔でロールをチェンジしなきゃいけないんですよね。撮影で使った中判カメラは、たしか11枚撮りだったかな。で、勢いでそれを超えると、スタッフからすぐに『菊地さん、今の13枚いっちゃいました』とダメが出る。僕は内心『そんなもん、芝居しながら数えられるか!』と(笑)。プロの役者さんは尊敬しますね」

ジャズの即興性と現代音楽の響きをミックスした映画音楽

では、菊地成孔のプロフェッショナルな領域──映画を支える音楽についてはどうだろう。まず印象的なのは、洗練されたジャズを思わせるパートと、現代音楽にも似た不穏な響きが1つの作品内で違和感なく調和していることだろう。ユーモアと虚無、快活さと底知れなさが混じり合った感覚は、実は原作『素敵なダイナマイトスキャンダル』の読後感にもきわめて近い。

「ややマニアックな種明かしをしますと、今回の映画音楽は、昨年公開された『ジャッキー/ファーストレディ 最後の使命』に多少インスパイアされたところがあるんです。この作品、映画としては必ずしも評価が高くないけれど、サントラはすごかった。ミカ・レヴィという1987年生まれの若い女性が手がけているんですが、従来のスタンダードな映画音楽とはまるで違って、ジャズの即興性と現代音楽の厳しい響きとが両方入っている。『素敵なダイナマイトスキャンダル』はこの方向性しかないと、最初から決めていました」

実作業にあたっては、菊地にとっての若き盟友・小田朋美(1986年生まれのシンガーソングライター、作詞・作曲・編曲家)を共同制作者に起用。ジャズと現代音楽の技法を織り交ぜつつ、2人で映画音楽を書き上げた。

「小田さんは、僕のバンド(DCPRG)にはキーボード奏者として参加してくれていますが、実は坂本龍一さんや渋谷慶一郎さんと同じ東京芸術大学作曲科でアカデミックな技法を身につけた人なんです。劇中で鳴っている不穏な弦の響きは、『ジャッキー』のミカ・レヴィの弦楽を彼女が分析して、この映画用に作り直したものです」

主人公が少年だった頃、母親は家を出て、若い男性とダイナマイト心中をしてしまう。映画の導入部では村人が総出で“後始末”をする場面が描かれるが、そこで鳴る短いが鮮烈なストリングスなどは、まさに好例だろう。そうかと思うと、手練れのミュージシャンが映像を見ながら即興的に音楽を付けたパートも多い。

「専門用語ではチャンス・オペレーションといって、その場で僕がディレクションをしつつ、偶発的に生まれたものを切り取っていくやり方です。その2種類の手法を両方使って、しかも映画をご覧になる方にとって差がわからないくらい自然に混ぜ込むこと。それが今回、僕が自分に課した一番大きなテーマでした」

世界映画史上初!? 原作者とその母親役の女優がデュエット

ところで、菊地成孔が出演承諾と引き替えに監督に出した交換条件とは、一体何だったのだろう。それは「主人公の母親を演じる女優さんと、原作者の末井昭さんが歌うデュエットを、映画の主題歌として必ず採用すること」だったそうだ。

主演の柄本佑と原作者の末井昭

「いかなる大女優であったとしても、映画会社の持てる力を総動員して末井さんとのデュエットだけは実現してほしいと。それが僕の出した条件でした。おそらく、世界映画史上初だと思うんですよ。原作者と、彼の亡くなった母親を演じた女優が一緒に歌うなんていう企画は(笑)。でも僕は、音楽家としてこのアイデアに絶対の自信があった。極端な話、映画の内容がどんなにダメだったとしても、この主題歌さえあれば名作になるはずだ、と」

エンディングで流れる主題歌「山の音」は、男と女が見つめ合い、小声でささやいているような美しい曲だ(作詞・作曲・アレンジは菊地成孔、管弦編曲として小田朋美が参加)。当初の構想通り、末井昭と母親役の尾野真千子がデュエットを披露している。2人の歌唱力は、率直に言ってたどたどしい。だがそこには、物語全体を包み込むような、不思議な説得力がある。もうすぐ70歳になろうとする“息子”が、自分の娘であってもおかしくない年齢で死を選んでしまった“お母さん”を、やさしく見つめているような──。

「そう。生き残った息子という“リアルな存在”と、死んでしまった母親を映画で演じた女優という“非リアルな存在”が、年齢的な転倒を超えて繋がるというね。まさにそれがやりたかったんです。僕は『素敵なダイナマイトスキャンダル』は、何重にも屈折したマザコンの物語だと思っていて。尾野さんが演じた母親はもちろん、前田敦子さんが演じた奥さん、三浦透子さんが演じた不倫相手と、出てくる女性にはすべて母性投影がなされている。場合によっては僕が演じた荒木さんの一部も、主人公にとってお母さんだったのかもしれません。そういう極限のマザコンを描いた映画のエンディングとしては、やはりこの主題歌しかないと」

レコーディング現場でこそ発揮された“アラーキー性”

そのレコーディング現場。菊地は、自分が映画で演じたよりもはるかに自然に“アラーキー性”を発揮しているように思えて「苦笑するしかなかったですね」と振り返る。

「世の中の人を“歌が得意派”と“歌が苦手派”に無理やり二分するとしたら、尾野真千子さんは明らかに後者なんですね。末井さんはノリノリでしたが、彼女はスタジオに入った瞬間から『私が歌うなんて……』的なヴァイブスをビンビンに発しておられた。そうやって気の進まない人を、言葉でなだめたり励ましたりして何とか歌ってもらうって……まさに荒木さんじゃないですか! 今回の撮影では芝居なんかできない僕が、冨永君に無理やり担ぎ出された。でも、レコーディングの現場においては、尾野さんと僕の関係性がまさにその逆相になっていたわけですね(笑)」

演技に初挑戦したジャズ・ミュージシャン、菊地成孔。そのシーンを観た末井氏が、「似てるよねえ。いかにも荒木さんが言いそうな言葉がアドリブでポンポン出てくるあたり、やっぱりジャズの人なんですね」と心底感心していたことを、最後に付け加えておこう。