文=圷 滋夫(あくつ しげお)/Avanti Press

『ラッカは静かに虐殺されている』。映画にしては不思議な響きのタイトルだが(これは邦題で原題は『City of Ghosts』)、この一文全体が本作の主人公の名前なのだ。もちろん個人名ではなく、市民ジャーナリストのグループ名で、「Raqqa is Being Slaughtered Slightly(ラッカは静かに虐殺されている)」が正式名称。略してRBSSとも呼ばれる。

イスラム国に従来型の戦場取材は通用しない!?

2011年春、アラブ諸国に広がった民主化運動の「アラブの春」。シリアでも市民による運動が広がり、それ以来続くアサド独裁政権と反体制派の争いに乗じる形で、そのどちらにも属さない過激派組織のIS(イスラム国)が、地方都市ラッカを2014年6月に制圧。爆撃で廃墟と化した街では、残忍で非人道的な統治が行われ、市民の生活は常に死の恐怖を突きつけられるようになる。そして海外のジャーナリストまでもが拉致、殺害される(日本人ジャーナリスト後藤健二氏の命が、稚拙な外交もあって奪われた事は記憶に新しいだろう)危険な状況に至り、あらゆるメディアがその惨状を報道する術を失っていった。

昔からロバート・キャパをはじめ沢田教一、一ノ瀬泰造など、戦場や紛争地の出来事を世界に伝えるジャーナリストは大勢いたが、そのほとんどが当事国以外のメディアやフリーランスだった。かつては第三者的立場として多少の安全が見込まれていたのと、戦況は今ほど過酷なものではなかった。

しかし今やジャーナリストはISから敵と見なされ、政府軍と反政府軍(その背後にはロシアとアメリカの自国の利益を優先する思惑が交錯するとされる)からのIS掃討のための無差別空爆で、大勢の一般市民までもが犠牲になるという不条理な三つ巴の状況だ。これではまともな取材活動は困難だろう。

スマホやパソコンを駆使し、SNSで略奪と残虐行為を告発

そんな中、「アラブの春」でシリア市民の意識も変わり、市民ジャーナリズムの芽が育ち、ラッカが奪われた直後には、学生達によって秘密裏に市民ジャーナリストの集団RBSSが結成されたのだ。今では撮影や通信の機器が手軽で扱いやすくなり、彼らはスマホやパソコンを駆使して、フェイスブックやツイッターでISの略奪と残虐行為を世界に向けて発信した。

これは当事国の市民がSNSを駆使して行う、新たな手法のジャーナリズムと言っていいだろう。しかしその事によって彼ら自身が、ISによる死と隣り合わせの危険に直接晒され、実際に仲間が捕まり処刑され始めていた。映画『ラッカは静かに虐殺されている』はそんなISとRBSSとの、刻々と変化する緊迫した攻防を描いたドキュメンタリーだ。

衝撃的な映像が伝える現実の恐ろしさ

それにしてもあまりに衝撃的だ。その生々しい映像が映し出す現実の恐ろしさに、背筋が凍る思いだ。ひざまずく目隠しの敵対者を後ろから銃で撃ち抜き、倒れた死体の頭からは鮮血が流れ出る。また、斬首された遺体が道路に横たわり、その切り離された首がそばの柵の上にいくつも並んでいる。

こんな生々しい場面を、敢えて見せるのには理由がある。それはラッカの市民が日々否応なく感じている危険や恐怖を、なるべく近い形で観客にも伝えるためだ。

しかしはっきり見せるのは最初だけで、その後はぼかしや編集によってその瞬間は見せずに処理している。そうする事で上手くバランスを取り、最初の場面が単なる扇情的なものにならないようにしているのだ。それでも一度見ただけで、ぼかしや編集されてもその後の状況が容易に頭に浮かび、すぐに恐怖がこみ上げて来る。それ程の衝撃なのだ。

RBSSメンバーの親や兄弟を拉致し、処刑の映像をアップ

やがてRBSSはラッカに残る国内組と国外組に分かれ、役割を分担する。国内組は情報を収集し写真や動画を撮影、国外組はそれらの素材を使って世界へ発信するが、それを防ごうとするISは手段を選ばない。国内組は常に自らの死を意識し、国外組にも魔の手が伸びる。ISはハリウッド並みのプロパガンダ映像によって世界中で新兵をリクルートする。

そしてRBSSメンバーの暗殺とテロ行為を呼びかけ(欧米での多くの事件はご存知の通り)、メンバーの親や兄弟を拉致して処刑の映像をアップし、トルコ、ドイツと移動する彼らを精神的に追い詰めて行く。

また国外組には難民としての困難もつきまとう。そんな彼らの心の拠り所は、やはり家族であり、仲間だ。そして彼らがベルリンに来て街を散策している時に、はにかんで微笑みながら無邪気にはしゃぐ姿を見ると、この小さな幸せがいつまでも続いて欲しいと願わずにはいられない。

本作の冒頭と終盤にはRBSSに贈られた2015年国際報道自由賞の、ニューヨークでの授賞式の場面が出てくるが、これはもちろん彼らのゴールではない。映画が終わっても現実は続く。その後ラッカは2017年10月にクルド人主導のシリア民主軍によって制圧され、ISの支配は終焉を迎えるが、シリア内戦の先行きは見えない。最近では東グータ地区の悲惨な状況が伝えられたばかりだ。それは左目を失明した赤ちゃんの写真や現地の姉妹が撮った写真、それに少年がスマホで録った動画などのツイートから広がった。

本作の監督はメキシコの麻薬密売抗争の最前線を捉えた衝撃作『カルテル・ランド』(2015年)で、アカデミー賞長編ドキュメンタリー部門にノミネートされたマシュー・ハイネマン。どんなに文字で説明しても決して理解出来ない衝撃を、ストレートに伝えられる映像の強さを改めて思い知らされた。