800万人以上の人々が暮らす世界一の大都市「ニューヨーク」。新旧の建物が立ち並び、さまざまな人種が入り乱れる個性豊かなこの街が、かつて、都市開発により奪われていたかもしれないという事実、そしてその危機を救ったある女性をご存知でしょうか? ニューヨークといえば数多の映画の舞台になってきましたが、その女性がいなければ、数々の名作は誕生していなかったかもしれないんです!

都市開発の帝王に立ち向かったのは1人の主婦だった!?

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『ジェイン・ジェイコブズ:ニューヨーク都市計画革命』(4月28日公開)は、かつてニューヨークに持ち上がった大規模な都市開発に反対した1人の女性ジェイン・ジェイコブズに迫ったドキュメンタリーです。

1950年代、高層住宅の建設や高速道路の設置など、ニューヨークの都市開発を推し進めていた“マスタービルダー”ことロバート・モーゼスは、古い建物を壊して、近代的な建築を建てることで生活の質が向上すると主張し、ダウンタウンの開発に着手しようとします。これに“ノー”を突き付けたのが、ジェイン・ジェイコブズです。

彼女は類まれなる洞察力でひたすら街を観察し、新旧入り乱れた街並みなど、一見、無秩序にみえる多様性が都市には必要だと訴え、モーゼスの都市開発に立ち向かっていきます。

もしニューヨークが自動車社会になっていたら…

(C)Library of Congress

そんなジェイコブズとモーゼスの立場の違いが顕著に表れているのが、“自動車”に対するスタンスです。

モーゼスは、自動車社会化が近代的な街づくりの要であるとし、幹線道路や高速道路を街の中心に通そうと計画。一方、ジェイコブズは、人々の交流や市民の目がある歩道こそ、活気や安全を担うと考え、タクシーやバス以外の車は不要とまで主張します。そしてジェイコブズの居住地区でもあるグリニッチ・ヴィレッジへの道路の建設を巡り、2人は最初の闘いを繰り広げることになるのです。

ニューヨークといえば、全米で最も自動車所有率が低く、市民の足は“イエローキャブ”と呼ばれるタクシー。『タクシードライバー』(1976年)の題材にもなるほど、市民の生活と密接に結びついています。

『タクシードライバー』は、腐敗した社会への怒りを抱えながら、夜のニューヨークを徘徊するタクシー運転手トラヴィスとこの世の闇を描いた名作です。劇中、トラヴィスが歩道にたむろする人々を見て不平を漏らすというシーンが登場しますが、そこには人で溢れかえったニューヨークの歩道が描かれています。もしニューヨークが自動車社会となっていたら、歩道にたむろする人々はいなかったかもしれません。トラヴィスの怒りも生まれず、映画にならなかったことでしょう。

NYの路地を活かしたハラハラのアクション!ご当地ヒーロー『スパイダーマン』

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ニューヨークといえば、賽の目状に道が入り組んで、各ブロックが細かく配置された街並みが特徴的のひとつですが、これもまた彼女が守った街並みの1つと言えます。ジェイコブズは建築界のバイブルとなった著書「アメリカ大都市の死と生」の中で、街路は狭く曲がり、各ブロックが小さいことで、人々が道を歩くようになり、活気や交流が生まれると主張しています。

この細々とした街路を活かしている映画が『スパイダーマン』シリーズです。ニューヨークのローカルヒーロー・スパイダーマンは、蜘蛛の糸を巧みに建物に粘着させることで、入り組んだ街を颯爽と移動していきます。ある時は路地裏でいそいそとスーツに着替え、そして時にはヒロインとキスというロマンスも……! 狭い道をぶつかりそうになりながらすり抜けていく臨場感ある映像は、都市開発がされていたら味わえなかったものでしょう。

また、ダウンタウンでの追跡劇を描いた『16ブロック』(2006年)もこの特性を生かした1作で、ブルース・ウィリス扮する主人公が、敵の追手をまくために、巧みに入り組んだ路地を利用して逃走していきます。映画はわずか16ブロック(約1.6キロ)先の目的地を目指すというものですが、この短い距離の間で次々と敵の襲撃が降りかかるという展開は、ニューヨークだから可能だったのかもしれません。

古い建物の保存などを主張して、多様性のある街を守ろうとしたジェイコブズ。最近では、高層建築を立てなかったことが、住宅供給を制限し、不動産の価値を高騰させたという意見も出てきています。しかし、数々の名作が彼女によって救われたかもしれないと考えると、彼女の行動は偉大だったと言えるでしょう。

(文/ケヴィン太郎・サンクレイオ翼)